心の電池切れと弟の再発。変えたいエゴを手放し「信じて待つ」こと

がんばりすぎた日々の話 (過去の体験 ・親・家族・夫婦 ・子育ての中の自分)
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最近、落ち込む事が立て続けに起こった。

今日のブログは重い内容も含むので、共感力が強い方はスルーしてくださいね(汗)

 

みんな色々あるよね、本当に。

出来事自体私を傷つけないのに、なんでこんなに心が乱されるんだろうなぁ。

考えてもしょうがないってわかっているのに、気が付くと考えてしまっている。

これがまさに、ぐるぐる思考、自動思考、左脳思考ってやつか。

 

これは良いこと、悪いこと。そんなふうに物事をジャッジしているんだろう。

 

とにかく、体が疲れているっていうよりは、心が疲れてるという表現がしっくりくる。

この前本当に、携帯の電池がゼロになる寸前って感じで、もうなにもしたくなかったし、気力も残ってなかった。

子供たちには申し訳ないけど、元気に対応する気力がなかった。

いつもはもっと家の用事を済ませないと気が済まないのに、何もせず、そのあと、死んだように寝た。

 

途中で、目が覚めて、まだやっていない家事が頭の中で思い浮んだけど、それらの想像が頭に浮かびながら再び寝てしまった。

 

私はこういう事がたまに起こる。

 

本当に電池切れみたいなやつ。

 

しっかり寝た次の日の朝は、私の状態は昨日よりちょっとマシになっていた。

 

これがもし、眠る時間も確保できずに、続くような状態だったら…。

「心の病気」って自分の身近な所にあるんだな、と真剣に思う。

 

程度の重さは人それぞれだ。

だって「感受性」ってみんな違う。

 

どんなに些細なことだと私が思うようなことでも、違う人からしたらめちゃくちゃ大変なこと、なんてことはよくある。

 

人間は弱い生き物だ。

弱くて脆くて、危うくて。

 

でも、強い。

 

強いから弱いがある。

何事も表裏一体、表だけ、裏だけ、というのはない。

 

先日、知り合いが「心の風邪」になったという話を人伝いに聞いた。

そういった「心の風邪」とは無縁のような人だった。

明るくてパワフルで。今思い出しても、笑顔の顔しか思い出せないくらい。

 

だから、本当に、なんというかショックだった。

まさか、そんな…。

今すぐにでも連絡を取りたい。でも、そんな状態じゃない。今の関係上、そんな簡単に連絡できる感じではない。

でも、その人のことは好きだった。年に数回はランチにいったりする感じだった。
ただ、最近、連絡こないな…とは思っていた。

 

何もできない自分。ショックな自分。心がザワザワする自分に問いを立てる。

「私は何がショックなんだろう」

 

その人が苦しんでいる状態を想像してしんどいのもある。

きっと今、苦しいだろうなって。

でもこれは私の想像に過ぎない。本当はどうかわからない。それでも、想像上であーだこうだといろんなことを考えてしまう。

どうすればよかった?他に何か方法があったんじゃないか?

 

そんなことを考えてもしょうがないことはわかっている。。。だけど。

 

心配をしながらいろんな気持ちが湧き起こる。

「自分に何かが起こるわけではないのに、なぜこんなにもモヤモヤするんだろう」

そう思う日々が続いた。

 

そうしていると、全然違う場所から、私に連絡が入る。

「弟がまたやってしまったよ」と。

 

またやってしまったというのは、つまり、ギャンブルの事だ。

 

知人のことでまだ心が落ちついていない中で、この情報は正直きつかった。

ずっと「やめること」ができていたのに。

12ステッププログラム、というものも終わったはずなのに。

あんなに幸せそうだったのに。

何がトリガーになってしまったのか。

 

いろんな記憶を思い出す。そして、それらを時系列に並べ直す。

「あの時、私に改めて謝った言葉は嘘だったのか?」

記憶を整理してみると、弟が私に謝ってきた時(12ステッププログラムの最終プログラム)と、かぶっているんじゃないか?
まだわからないけど。でも。再発した時期と謝ってきた時期は重なっていた。

それがすごく引っかかった。

 

そこでまた、私の思考がぐるぐる回りだす。

考えてもしょうがないことを、また永遠と考えてしまう。

 

でも、弟と弟の奥さんが前向きだったのはありがたかった。

そして、奥さんの言うように、確かに、少しずつではあるが前進はしている。前よりはマシな部分もある。

分かっている。これは「脳の病気」なんだよね。

 

分かっているんだけどなぁ。。。

 

「私は何がショックなんだろうか」

再び同じ問いが頭の中をよぎる。

 

今回も、私に金銭的な負担があるわけではない。それは、弟と弟の奥さんが2人で話し合って処理している。そして2人は「前向き」に捉えて進もうとしている。

 

でも何かが心の中にどんよりと漂っている。

 

これは何だろう。

しばらく考えてみた。

 

こういう時、私は今までに読んできた「心に関する本」の知識をできるだけ思い出す。

「まずは自分がどう感じているのか、それを感じ切る」

 

これが頭の中に浮かんだ。

 

私は、ショックだった。

悲しい。また裏切られた。金銭的には私は何もしてないけど、信じていた気持ちに対して裏切られたと感じた。

勝手に自分が信じていたんだから、裏切られたというのは違う、というのも分かっている。

だけど、ショックだった。

 

「自分の弟だったらきっと克服してくれるはず」

というエゴがあるんだろうなと思う。

 

私は父を見てきているので、それが反面教師となり、ギャンブルは一切やらない。そういうこと大嫌いだ。

でも、弟は、父と同じ道をたどってしまった。

父は大病して、死にかけて、ハンデを負ったから、ギャンブルからは離れることができた。

けど、弟は今も苦しんでいる。

 

弟と喋っていて「本当にもう大丈夫?」と聞いた時に「うん、ほんまに大丈夫やで」と自然な表情で言ったあの時の場面が思い出される。

そして、「あれが嘘だったんだ」という悲しい気持ちが後から追いかけてくる。

 

裏切られて悲しい気持ち。

「よくも裏切ったな!」という怒りはない。もうそれはない。どっちかというと、そんなにも手強い「敵」と戦っているのか…という絶望感に近い。

 

私にはどうすることもできない。

実際、今弟は、そんな状態でも、ギャンブル依存症の人達を支援する人たちとともに乗り越えようと頑張っている。

私よりも、その人たちのことを頼っているのがわかるから、余計に私からは何もできないなと思う。

 

それでも、どうすれば弟の根本的な部分にアプローチをかけることができるんだろうかと考えてる自分がいる。

弟は自分に自信がない。

絶対にそれも影響しているんだろうなと思うから、どうすればもっと自信を持てるようになるのか、自己肯定感が上がるのか、そんなことを考えてしまう。

考えてもしょうがない…、と思っていても、考えている自分がいる。 

 

でも。

考えて考えて、大事なことに気づいた。

 

「私は、弟を自分の思う理想に変えようとしていた」ということを。

弟に何かしらの足し算をして(いろんなアプローチ)、とにかく今の弟を変えようとしている。

 

それはつまり「今の君はダメなんだよ」って裏のメッセージがあるということだ。

無意識にそう思っていたんだという自分に、言葉が出なかった。

 

散々、勉強してきたはずなのに。

自分だって、自信がなくて、自己肯定感が低くて、自分責めが止まらなくて、自己嫌悪だらけだったのに、

それでも、夫や友人にそんな私をそのまま認めてくれたという実感があったから乗り越えることができた。

 

何をやってたんだろう、、、と反省した。

もちろん弟には何も言ってなかったから、私の頭の中だけの話なんだけどね。

 

でもそういう思考回路になってしまっていたこと自体がショックだった。

 

実際は、いろんなアプローチがあると思う。

今は足し算するのが良くないって文章で書いてるけど、人によっては、何かしらアプローチをすることで変わる人もいると思う。

でも、弟は違う気がした。

こちらが「早く変わってほしい!元に戻って欲しい!」という気持ちがあればあるほど、それを無意識にプレッシャーとして感じてしまう気がする。

こちらが落ち込めば落ち込むほど、悲しめば悲しむほど、そして、何か方法はあるはず!と一生懸命になればなるほど、もしかしたら弟は、

「俺はこんなにもみんなに迷惑をかけてしまっているんだな」

罪悪感を感じるのかもしれない。

 

もちろんこれもわからない。人の感受性というのは様々だから。

 

だけど。

今まで散々同じことを繰り返してきている弟を見ていて、私たちも、できる限りいろんなことを考えてきた。そしてまた繰り返す…。

だからこそ、今回、私も気をつけようと思った。

 

それでも何かを考えてしまうことはある。「こうすれば少しでも変われるんじゃないか?苦しみから抜けられるんじゃないか?」と考えてしまう。

だけど、

弟だって頑張っているんだ。

 

それを尊重したいと思う。

 

だから、変に重く受け止めず、「そっか、分かった。でも、前よりは確実に良くなってるよ」と今の弟をそのまま受け入れる、受容する。そうしたいなって思った。

 

「相手にこうなってほしい」という自分のエゴとの戦い。

 

本当に相手を思うのならば「どんな状態の相手であろうとも」受け入れる。
それが大事なんだよな…と、改めて今回思った。

 

立て続けにいろんなことが起こって、勝手に自分の頭の中でモヤモヤして、心のエネルギーを使い果たして、電池切れになった私。

「心のエネルギー」って見た目には分からないし、自分でも気づきにくい。

でも、今回、心が疲れているなって思ったから、できるだけ早く体を休めるようにした。

 

心のエネルギーって、思ってる以上に大事です。

本当に。

 

何もできない自分にもどかしさを感じるけど、でも、「信じて待つ」ということは、何もしていないわけではないもんね。

ちゃんと「信じて待つ」ということをしているんだもの。

 

手ごたえがないから、ついつい、もどかしさを感じるんだろうけど。

でもその「手応え」って、結局自分のエゴだったりするから。

 

「私は助けることができた!」って思いたい自分がいるのかもなー。

 

本当に心配している自分もいれば、そんなエゴだらけの自分もいる。
それ以上でもそれ以下でもなく。いろんな自分がいるんだよなー

 

本当は、みんなが元気で幸せで、というのが私も嬉しい。幸せだ。

でも、みんなそれぞれ、その人の人生、その人の学びが、その人のタイミングである。

私にだってあるように。

 

みんな乗り越える事ができる。その人のペースで。

 

そう信じたい。そう信じるよ。

 

途中、心が揺れて、フラフラもするだろうけど。

 

みんなが、笑顔で、幸せでありますように。

 

今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました。

この後も素敵な時間をお過ごしください。それではまた~

 

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