絶望感で動けない時に。私がどん底から前を向くためにした6つの事

がんばりすぎた日々の話 (過去の体験 ・親・家族・夫婦 ・子育ての中の自分)
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今日は私が絶望感に苛まれた時に、なんとか前を向いていたくて、やっていたことのお話をしますよ。
(需要はあるのだろうか…)

えっ、どういうこと!?ってなるよね(^^;)

 

実は、先日、私の大切な友達にショッキングな事が起こって。

 

それは、私も遠からず経験したことだったから、痛いほど気持ちがわかって。

 

みんな本当に色々ありますよね。

何もなさそうに見える人でも、絶対になにかあるんですよ。本当に。

 

突然、予期せぬことが起こると、本当に心がついていかない。
私も父が倒れたときは本当に「こんなことが自分に起こるのか」と信じられなかった。

何とかしたくて。状況を変えたくて。でも、どうしようもできなくて。
ただ、待つしかできなくて。

本当に、ただ、待つことだけができたらいいんだけど、そんなことは無理で、
頭の中では次から次へと嫌な想像が湧いてくる。

 

「私が何か悪いことしたの?神様、どうして?」

 

そんなことを思ってもしょうがないのに、神様にまで文句が言いたくなって。

 

父の事も考えてみると、昔から家族に迷惑をかけてきたんだから罰が当たったんだよ、って普段ならそう思ってたと思うのに、
予想外のタイミングで心の準備もなく倒れられて、いきなりもう喋れない状態になると、そんな「今までの怒り」みたいなものはどこかに行ってしまっていた。

 

そんな中、(ブログでも何度も書いたけど)
入院中に父が隠れて作っていた借金も発覚して、プラスとマイナスの感情がわけのわからない状態で、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていて。

 

それでも、生きていくしかなくて。

 

毎日「当たり前なんてない」と思っていても、いざ「何か」が起こると動揺する。

毎日見ていたその「当たり前の光景」が一瞬で変わる。

 

「昨日まで普通に過ごしていたのに」

「昨日までいつも通りだったのに」

 

それでも、その出来事で景色が一変し、どうしようもなく昨日までの日々に執着してしまう。

 

本来は、何があってもおかしくないはずなのに。
でも、心はついていけなくて。

もう一度、あの時に戻りたい…

そう思ってしまう。

 

それでも、やっぱり、生きていくしかない。

 

本当に、いろんな事が起きます。人生ってものは。

 

友達から、連絡があって、そんな父の大変だった出来事の思い出も思い出してました。

 

私も経験したからこそ、友達の力にできるだけなりたいなと思って。

でも、私ができることは話を聞くくらいで。

あとできる事は、そんな絶望の真っただ中の時に、どうやって自分を保っていたのか、という自分の経験をシェアすることかなと思いました。

 

私のときもそうだったけど、
誰も私のつらい出来事の代わりになってくれる人はいない。 

友達のつらい出来事を、私が代わってあげることもできない。

 

結局は、自分で乗り越えていくしかない。

私も何度も泣きながら、そう自分に喝を入れていた。

 

でも、話を聞いてもらったり、受け止めてもらえたりすると、
乗り越えていく力を蓄える事ができる。

勇気を持てるコンディションになれる。

 

だから、私にもできる事はあるはず、と思って、友達にメールをした。

その延長で、今回、ブログをまとめようと思ったのです。。。(話が長くてスイマセン)

 

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どうしようもない状況の中で絶望感に押しつぶされそうな時にやっていたこと。

かなり、スピリチュアルによっているものばかりだけど、それでも本当に私は救われたし、
何とか前をむいていけてたので、実証済みという事で「そんな方法もあるんだね~」って優しく見てもらえたらありがたいです。

(以前のもブログにも書いてるけど、今回はまとめてみます~)

イヤな想像がわいてきたら「ありがとう」と言う

父が生きるか死ぬかの手術をしている時、叔父が「前向きに考えよう!大丈夫大丈夫って思ってたらそうなるもんや」と言ってくれていた。

叔父の言いたいことはわかる。
叔父は、かなりの苦労人だから。

だからこそ、その言葉にとても重みがある。

だけど、頭ではわかっていても、どうしても心が追いついてなくて、嫌なイメージが勝手にわいて膨れ上がってくる。

これはもうしょうがないことだ。
私の潜在意識はきっと、私が傷つかないようにと、そうやってイメージさせているんだと思う。

そこは意識していても、コントロールできない。思い浮かぶものは、しょうがない。

だからこそ私がやっていたこと。

「ありがとうございます」と物理的に言葉を発する。

これは「言霊」的なニュアンスだ。

言葉にもエネルギーが宿っていると私は思っている。
昔読んだ本でも、どんなに最悪なことが起こってもその瞬間「ありがとう」と発することで、負の循環を断ち切る、流れを断ち切る、空気を変える力があると書いてあった。

だから私は、とにかく、不安なイメージが湧いてきたら「ありがとう」と言葉に出していた。

どんな言葉を使うかは自分でコントロールができる。

だからひたすら「ありがとうございます」とつぶやいていたよ。

毎朝、毎晩、予祝して感謝する

これも本当に私がやっていたことだ。

「父は後遺症も残らずに元気に退院しました。みんな笑顔で笑っています。本当に良かった。ありがとうございます」

毎朝毎晩、私はこうつぶやいていた。

これはいわゆる「予祝」だ。

もうそうなったことをイメージして、本当にそんな気持ちになって、感謝する。

言い方を変えると、引き寄せの法則だったり、タフティの世界観(引き寄せ的な)だったり、そういったものと同じなんだろうなと私は思っている。

あーだこうだと、道のりや方法を考えるのではなく、「もう、そうなるもんなんだ」と意図する。

確信してしまう。

ゴールさえ自分で意図すれば、その間の出来事は勝手にいい感じに進んでいく。
歯車がかみ合うようにうまく回っていく。

そういった考え方も私は「ありだよね」と思えるので、
本当に毎日つぶやいていたよ。(確信するために)

神社にお参りに行く(自分が”やってる感”があるものならどこでも)

これはたまたま私の家の近くに神社があったからなんだけど。

父が倒れた次の日から、私はほぼ毎日神社にお参りに行った。

でもこれは、私的には、絶対に神社に行かなければいけないというわけではないと思っている。
だって、祈ろうと思えば、自分の家でもどこでも祈ることはできるから。

何が大事なのかというと、
「自分の実感」なんだろうなと思っている。

「今私は祈っている」という実感が、神社に行くことで、私はより感じることができたから続けていた。

神社が家の近くにない人は、毎朝起きた時に、自分がいいなと思う方角を向いて、手を合わせて祈ってもいいと思う。

大事なのは「自分の実感」

ここだけの話、私の場合は、神社に行く最中も「ありがとうございます」とブツブツつぶやきながら歩いてました(笑)

不安になる情報をシャットダウンし、気分がよくなるものだけを見る

心が不安定な時ほど、本当に気をつけなければいけないこと。

それは、意識していないと勝手に入ってくる情報だ

SNS や テレビ、何も考えずにぼーっと見ていると、必ずと言っていいほど「不安を煽るような情報」が流れてくる。

私的にはこれはかなり危険だと思っていて、
一瞬でも「危険!」とか「最悪!」とか、そんな文言をみると、自分の意識できていない部分ではしっかり受け取ってしまっていて、
そっちの方向に無意識に自分の心の状態が傾いてしまう。

脳がハックされているのだ。

それくらい私たちが見聞きする情報って、私たちに影響を与えている。

これは本当に、無意識だから厄介なんだけど。自分では気づけないんだよね。
影響を受けていることに。

だからこそ私は、この時期は本当に、とことん悪い情報をシャットダウンした。

その代わりに、自分のテンションが上がるものだったり、気持ちが落ち着けるような情報に触れるようにした。
そういったものを多く見るようにしていたら、アルゴリズムが働くので、そういうものばかりが勝手に出てくるようになるから。

それだけでも日々の気分は変わってくる。

そして父が入院中のこの頃は特に、不思議な話とか、ちょっとふわっとしてるんだけど希望が持てるような話を見るようにしていた。

これにも意味があって。

例えば「この病気は絶対に助からない」と言われていたとしても。

世の中を探せば絶対に奇跡的に助かった人はいるわけで。

そういった人の情報をたくさん見ていると、自分の中にあった常識や固定観念が覆されていく。

「無理だと言われているけど、もしかしたら、大丈夫かもしれない」

そういう気持ちが芽生え、
さらにそういった情報に触れ続けていくと、今度はその気持ちが「確信」に変わっていく。

言い方を変えると「自己洗脳」とか「自己暗示」に近いものがあるかもしれないけれど、
「自分で確信する」ことほど強いパワーのものはない。

本当に心から「確信すること」ができたら、私はそうなると思っている。

これはまあ、引き寄せ的な、スピ的な要素も多いんだけれども。
でも私はそう信じているので、やっぱり、自分が確信できるような情報を選んで、そういったものに触れていくということがとても大事だと思ってやっていたよ。

でも、想像してしまう時はとことん考えて、自分なりの解決策を考えておく

こういったことを色々とやって、ある程度心も安定して、何とか日々を生きることができていても。

それでもやっぱり人間は、心が揺れ動いてしまうものだ。

やっぱりいろんなイメージが頭の中で、ひっきりなしに湧いてくることはあるのです。
「こうなったらどうしよう」「ああなったらどうしよう」

そんなことばかりが浮かんできちゃって。

「今そんなこと考えてもしょうがないやん!」と思っても、数分後にはまた「でもこうなったらどうしよう」と考えているわけで。

だから私はそんな時は、とことんその先を考えた。

パターン A だったら…

パターン B だったら…

私はその時どうしていく?どうしたい?
どうすれば安心できる?今できる事はある?

自分が考えられる限りとことん突き詰めて考えた。

「究極、父が意識を取り戻しても、今までの記憶が全部なくなっちゃって全く違う父の性格とかになっちゃったらどうしよう、それは父と呼べるんだろうか、私はその人を父と思えるんだろうか」

そんなことも考えた。

そして私がたどり着いた、その時の答え「もしそうなったら、今までの思い出は私の中に置いておいて、その時の新しい父と、新しい関係性を構築していくしかない」だ。

決して前向きに「構築していこう!」というニュアンスではない。

「そうやって行くしかない」というある種、諦めというか、決断というか、まぁ腹をくくる、みたいなニュアンスだ。

そんなことも考えていた。

結果的には、全部の記憶がなくなったわけではなかったけど、
とにかく、考えてしまう時はとことん考える、というのも一つだなと思います。

不安定な自分の心をそのまま認める

さっきも言ったけど、人間の心は複雑だ。

前向きに考えれる時もあれば、再び、絶望感に苛まれる時もある。

波があって当然だ。

波が立たない一定の状態でいるなんてことは不可能なわけで。(そうなれたらいいけど)

だからこそ、不安定な自分を否定するのではなく、無理やり元気になるわけではなく、
とにかくそのままの自分を認めることが大事なんだと思います。

私も、どれだけ前向きにと思って過ごしていても、ふとした時に、突然、涙が出てきたりとかありましたから。
でもそんな時に「そうか、そうだよね、やっぱり辛いよね、悲しいよね、不安だよね」そう思って、そのままの自分を受け止めてました。

そうしていると、不思議と、しばらくしたら落ち着いてくるんです。
本当に。

ただでさえ頑張ってるんだもんね。

自分がそこを認めないと、自分が一番辛くて悲しいことを分かってるんだから。

「そうなんだね」ってただ受け止めてあげること。

これが本当に大事なんだと思いました。

 

 

――――――――――――――――――――――――

こんな感じです。

これ、ほんまに父が倒れてから、入院して、退院するまでガチでやってました。

それで本当に、何とか前を向いて生活できていたし、
辛くて涙が止まらない日があっても乗り越える事ができた。

今現在の自分の状況も、この時の自分のやっていたことが少なからず影響していると、自分では思っているよ。
(自分の思い込みかもしれないけど、それでもそう思っています)

 

信じる者は救われる。

本当に、そう思います。(そうあってほしいな)

 

辛くてしんどいことがあっても、みんな最後は自分で乗り越えていくしかない。

 

超えられない試練はやってこないというけれど、どうしてもその瞬間は弱気になってしまう事もある。

弱気よりももっと奥の、絶望を感じることもある。

私も本当にそうだったから。

でも、今まで、何度もそんな気持ちになるような出来事はあったけど、今こうして生きている。

 

人の悲しみ、苦しみは本人にしかその痛みはわからない。
でも、形は違えど、みんな痛みを抱えて生きている。

だからこそ、少しでも自分が乗り越える力・勇気を持てた方法が誰かの役に立てたらいいな、と思います。

 

みんな一生懸命、生きている。

 

今日も本当に、本当に、お疲れさまでした。

 

生きていたら必ずいいことがあります。

希望を忘れずに生きていたいな、と思います。


友達も、私も、あなたも。
みんなが幸せで在りますように。

 

今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
この後も素敵な時間をお過ごし下さい。ではまた~

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