今日はですね、、、
夫を見ていて、夫と話していて、思ったことを書いていこうと思います。
「もしも、こうなったらどうしよう」
そんなマイナスなイメージをついつい想像してしまう人もいれば、
全くそんなことは思わない人もいると思うけど、
そもそも、その差はどこからくるのだろう…という視点で深めようと思いマス!
(うまくできるかな~)
という事で、よろしくお願いします。
自己肯定感の高さが、結果に影響する 夫のランチの話
先日、夫とランチに行った。
夫と会話をしていて、度々思うことがある。
夫はとても自己肯定感が高い。
これは本当に、羨ましいな、と思う。
私はもともと、自己肯定感が超!低かった。(色々ありましたからね(汗)
今はやっと、どんな自分でもいいやん!って思えてますけどね。
以前のブログでも書いたけど、夫は今新しいことに挑戦していて。
その結果がちょっとずつ出始めていているのです。
そんな様子を、一番近くで見ているわけですが、
「あーやっぱり、自己肯定感が高いってすごく結果に影響するんだろうな」って思いました。
私は引き寄せの法則とかの考え方は、前向きだし好きなので、自分の人生に採用している。
その見方で夫を見てみると、
夫の「自己肯定感の高さ」はまさに「結果に影響する」のだ。
夫は、元々、そこまでいろんなことに執着がないというのもあるんだけど。
「今自分はどこまで行けるのか、いっちょやったるか!」といった感じで、結果に執着するわけではなくて、なんかもう過程を楽しんでるって感じなんだけど。
つまり、成功したら嬉しいし、そこまで成功しなくてまぁいっか!みたいな。(うらやましい性格(笑))
そんな感じだけど、でも、もう一つ、夫の中の基本設定があって、
「まぁうまくいくよね」というものがそもそもの超初期設定にあるのだ。
自分自身に確信している。
自分を信じ切っている感じ。
言っておきますが、夫は、何もかもが完璧ですごい人なんです、というわけではございませんw
本当に普通の人間です(そりゃそうだよね)
夫を見ていると、本当に客観的に自分のことを見ていて、
自分の弱点もわかっている。
だけど、それが「ダメ」だとは思っていない。
それを含めて、自分自身を受け入れているって感じ。
それがすごいな、と思う。
そうなってくるとやっぱり、夫の過去を深掘りしたくなるわけで(笑)
色々と考えてみると、
夫は、普通の家庭で愛情を注がれて育ったというのは事実だ。
ここで言う「普通」の定義も難しいんだけどね。
ただまぁ、この私が言っている「普通」なので(笑)、
私のように、父や弟がギャンブル依存症だったとか、家が貧乏で水道やガスが止まったとか、親は怒るとめっちゃ怖かったとか、親の借金の返済を代わりに手伝わされたとか…、
そんな経験がないことを「普通」といってます(汗)
(あぁ、悲しいかな、カオスな人生)
私基準だけど、とにかく「普通」な環境で育った夫。
「あぁ、俺はなんてダメなやつなんだ~!」って、夫がなってるところを見たことがない。
そして過去のことを聞いていても、そうなったことはないような気がする。
でも、
過去には結構やんちゃをしていた人なので、そんだけやってきて「俺ってやつは~!」ってならないのはすごいなと思うけど(笑)
とは言いつつも、、夫は夫で、苦労はしてると思うんですけどね。
ただ、苦労はしてきたとしても、自己肯定感が高い分、その出来事への「捉え方」が違うんだろうなと思う。
そう、この「捉え方」。
これってすごい大事だよね。
なぜ自己肯定感が低くなるのか
私は、昔は特に、何かがあるとすぐに「自分のせいかもしれない」って思って、不安になったりしていた。
自分は絶対関係ないのに、でも目の前に不機嫌な人がいると「私のせいかも」って思う、みたいな。
でも、じゃあなんで「私のせいかも」って思うのか。
それはやっぱり「自己肯定感」が関係しているんだろうなと、思うわけです。
何度もブログで書いてきてるけれども、
私が思うに、
小さいころ、親が何かあるとすぐに不機嫌になったり、怒ると異様に怖かったり、感情が不安定だったりすると、その状況を子どもの年齢で冷静に分析することはできないから、
「自分のせいかも」って思って、自分を責めてしまう。
その繰り返しで、「自分のせいだ」「自分だからこうなった」「やっぱり自分はこうなる運命なんだ」って、変な観念(思い込み)を構築してしまって。
それが「自己肯定感」の低さにつながるんだろうなと思います。

だから、その感覚がもう潜在意識に染み付いちゃってて。
「傷つきたくない…」がいつもどこかにある、みたいな。
夫みたいに何か新しいことにチャレンジして、もし自分の思うような結果が得られなかった時に、
夫みたいな人だったら「こういう結果になったんだな」と思うだけだけど、
私みたいな人だったら「こういう結果になったのは、やっぱり私だからだ」となりがちだったりする。
いちいち結果に「自己否定」が入る。
でもこれもよく考えたら、本当にもったいないことをしていて。
結果と私は=じゃないのに。
そこが一緒になってしまっている。
またまた夫の話になるけど、
夫を見ていると「根拠のない自信」があるなと思う。
それをこのブログを書く前にふと思って(笑)
「そうか、根拠のない自信ってよく考えてみたら、自信を得るのに根拠なんてものは、もともといらないもんなー」と思った。
○○ができる、とか、○○がある、とか、そう言った「根拠」がなくたって、
そもそも「自信満々」でいていいんだ。
なんかね、ふと、そう思ったわけですよ。
「あぁ、そっか」って。
そして、夫は結果に執着していないって言ったけど、今までの夫をもう一度思い返してみると、
夫は好奇心旺盛なので今までもいろんなことにチャレンジしていて。
よく考えたら、
その中でも中途半端に終わっているものもたくさんあって(笑)
でも、夫はいちいちそんなことは気にしていなくて、
多分本当にどうでもいいと思っていて。
「ただやりたいことがあるから次をやる」
本当にこのシンプルな気持ちで日々を過ごしている。
「結果は後からついてくる」ってこういうことなんだなって思った。
別に夫が成功者だとかそういうことが言いたいのではないんだけど、
いわゆる一般的に「成功者」と呼ばれる人達って、
きっとこんな感じで、結果とかを気にせずにとにかく「行動してる人たち」なんだなと思った。
いっぱい失敗とかもしてるけど、それをカウントしてないだけで、
ただただ、やりたいことをやり続けている。
それでいいんだーって。
でも、ここでもう1回冷静に考えてみるよ。
幼少期とかにたくさん傷ついて、生存戦略としての観念を構築してきた人達。
そういう人達は(私も含む(笑))、
親から異様に怒られて怖い思いをすること → 心が傷つく
お金で苦労すること → 心が傷つく
チャレンジして失敗すること → 自分のせいだ(自己否定) → 心が傷つく
といった感じで、全部が同じ結果になるからこそ、潜在意識がブレーキをかけたり、異様に慎重になってしまったりするのではないのかなー、と、そう思うのだ。
だから、ここで、
「失敗自体は自分を傷つけるものではない」と気づくことが大事なのでは!?と思うのです。
そこに気づけたら、チャレンジすることに対してのハードルが下がるかもしれないから。
「失敗する=傷つく」ってならないことに気づけば、行動することは怖くないと思える!かもしれないですしね。
体に染みついた感覚は、頭でわかっても消えない
でも、厄介なのが、体に染みついた感覚。
母が怒っている時の自分の体のドキドキ感。
お金を要求されている時の胸の圧迫感。
親に嘘をつかれて裏切られた時の心の締め付け感。
こういった感覚は体が覚えてしまっている。
だから、出来事は同じことではなくても、「似たような」症状が体に起こった時に、若干パニックになることはある。
これをまた夫で例えるけど(今日は夫がよく出てきますねw)
私はお金で苦労してきたから「もしも、お金がなくなったら…」みたいな想像が体感としてリアルに想像できる。
だってもう「知っている」んだから。
その恐怖感と言ったら…、もう、本当に恐ろしい。
でも、夫には、「その経験」自体がないから、想像したとしても、本当に想像だけで終わる。
「リアル」感はそこにはない。
そこに引っ付いてくる心臓のドキドキ、胸の圧迫感、心の締め付け感はないのだ。
だから、やっぱり、トラウマのある人に、
「そんなん考え過ぎやって~」とか、
「そんなん考えんとき!大丈夫やって!」と軽い気持ちでいうのは危険かなと思います。

マイナスからのスタートでも、バネになる
そして、見方を変えてみて、夫の状態が0(ゼロ)の位置だと思うと、
私はマイナスの位置からスタートしてるんだろうな~と思う。
これは別に文句で言っているのではなくて、冷静にみると、そう見れることもあるよね、という感じです。
生きづらさに直結する「観念」がない状態がゼロの位置。
マイナスからスタートする人間は、そのマイナスを埋める作業から始めないといけない。
そして、それが埋まったあと、ゼロの位置(スタート地点)に立てたとしても、
体にしみついた感覚はまだ残っていたりするわけです。
そんなとこを言っていると、ゼロの位置からスタートできる人が羨ましくなってくるよね。
でも、大丈夫。羨ましく思ってもいいのです。
だって、本当に羨ましいんだもの(笑)(正直な気持ちを認める事が大事)
私は自己否定がおさまるまで、自己肯定感が回復するまで、かなり時間がかかった。
本当に苦労した。
客観的にみて、
生育環境によって、そういうスタート地点はみんなバラバラなんだというのも事実。
だけど。
ここで、いつもの考え方の視点を変えてみますよ。
一旦マイナスにぎゅいんとふったってことは、その分、バネの原理で遠くまで行けるわけですよ。
そして。
スピ的解釈でも一つあるよ。(最近、改めてそういう話を聞いたところによると)
マイナスからゼロにいくっていうのは、エネルギーがたくさんいる。
だからこそ、人間としての成長は半端なくて、エネルギー的には今期の人生でかなり上昇しているらしい。
(これ、何気に私は嬉しいポイントです。頑張ってよかったなって思える(笑))
それだけ振り幅は大きいけど、魂的には成長できてるんだと思うと、なんか勇気が出てこないかな?(笑)
「そんなんただの気休めやん!」って言われたらそこまでだけど(汗)
でも、みんな平等じゃないから。
いろんな事が起こるけど、全く同じことは起こらないから。
いろんな人生がある。
本当に、それが今、私たちが生きているこの世界のシステムだ。
だからこそ、いろいろと遠回りしたり、つまずいたりしながら、
自分とタイプの違う夫みたいな人から学びを得たりして、手放しができて、またそこで自分の心が軽くなったりして、
そうやって人生をうまく生きていけたらいいなと改めて思いました。
まとめ
最後に一番大事なことを言うよ(笑)
自信を持つのに根拠なんてものはいらない。(どどん!)
だいじょうぶです。
安心してください。
うまくいっても、いかなくても。
「あ、そうなったんだな」
それだけでいいんです。
自己否定もいらないし、一人反省会もいらない。
でも、たくさん悩んで、たくさん学んだぶん、魂もちゃんと成長している。
マイナスからのスタートだって悪くない。
それだけ頑張ったんだって、自分をしっかりと褒めてあげてください。
その分、誰よりも、幸せに気づき、幸せを感じる力があるはずだから。
幸せは求めるものではなく、どれだけ今気づけるのか。
あなたの幸せになれる能力はピカイチです。
今日も感謝感謝です。
どんどんチャレンジしていきましょう。
えいえいおー!
今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
この後も素敵な時間をお過ごしください。ではまた~





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