「自分の不幸話を面白く昇華させた話を書きたいけど、それができないんだよね」
そういう私に友人は、
「でも、そのままを望んでいる人もいるんじゃない?」と言ってくれた。
そうか。
そうだよな。
色んな人がいるんだもの。
「そのままでいいやん」
そう思ってくれる人も確かにいるか。(あぁ、ありがたい)
本当にいつもありがとうございます。
最近、やっと「心がここにあらず状態」から「ここにある状態」になってきて、
今日もまた、思う事を自由に書かせていただきます。
どんな内容か。
そうだな…。ちょっと、愚痴…いや、愚痴になるかどうかも自分次第か。
愚痴じゃない。愚痴じゃない…。(自己洗脳)
父や母とは今、少し距離を置いているとブログで書いたけど、
その背景をベースに聞いて下さい。
ここ最近、距離を置いている状況中に、父が会社を辞めて、母としてはどうしても、「今までお疲れさまでした会」をしたいらしい。
でも。
とは言えど、今まで散々、家族に迷惑をかけてきた父という認識は、母のなかでも変わりはない。
でも、やっぱり、けじめというか、区切りと言うか、
そういう催し物をしたいらしい。
この前、今までため込んできた我慢を初めて少し吐き出して、自分的には本当に思い切ってメールで言ったから、
今は私が父に会いたくないのはわかってるはずなのに、そう言ってきたことが引っかかる。
前までの私なら「そうだね、やってあげたいね!」と母に賛同していたんだけど、
今の心境だと、なかなか笑顔でそうは言えないな、と言うのが本音だ。
でも、
いつまでも、この微妙な距離感でいれるわけではないのはわかっている。
また、いつもの感じに戻さなければいけないのはわかっている。
ただ、今はまだ嫌だな…、という気持ちが勝ってしまって、
母のメールに素っ気なく返信をしてしまった。
「わかりました。詳細が決まれば連絡してね」と。
話を広げるでもなく、
その「お疲れ様会」に対しては何の感情も入れずにと思って、返信した。
すると、さすがに母も私の素っ気なさに違和感を感じたのか、
「やっぱりやめておこうかな、今はまだしんどいよね」
と返してきた。
でも、私も、いつまでもこの感じでいるわけにはいかないという気持ちと、
先月仕事を辞めたんだから、するならするで早めにしてあげる方がいいんだろうな、という気持ちが
相まって、気づいたら「ううん、大丈夫だよ、やりましょう」と返信していた。
あー、、、こういう所だよな!私!
気にしなければいいじゃん!と友達に怒られそうだ。
まぁでも、それでも、まだ素っ気なさを残しつつ送ったから、
母としては「無理やり元気に返してきたんだろうな」と予想はついていたと思う。
だけど、考えた挙句、返ってきた最後の返信は、
「やっぱりすることに決めました。ごめんね、よろしくお願いします」だった。
私はこの時、思った。
「そうやんな、やっぱりお父さんをとるやんな」
いや、これはね、決して、いい歳して、何を子どもみたいなこと言ってるねん、とツッコむのは
もう少し待ってくださいね。
この時、私は過去の記憶がフラッシュバックしていた。
父が嘘をついて「会社でお金がいる」と母に言っている。
母は、疑いながらもそれを信じて、でも、もう出すお金が無くなったから私に、
「お金を貸してくれへんか?」と言ってくる。
私がどれだけ「お父さんの話はいつもおかしいから、それもパチンコをする為の嘘なんやから
お金を渡さんといて!」と言っても、
母は「ごめんな」と言いながら、最終的に、表情や態度で、私がお金を出さないといけない状況を作る。
「お母さんは文句を言いながら、結局お父さんをとる。私の事なんてどうでもいいんや」
何度もそう思ってきたあの場面。
今回、それが急に思い出された。
あの時の感じとすごく似ていた。
だから、まぁ、色々とあって今があるんだけど、そして、昔のことは忘れたというか、心の奥に
しまい込んでたんだけど、改めて思い出して思った。
「やっぱり、お父さんを選ぶんだな」って。
でも、昔の私と違うところは、
なんか、客観的にそう思った、という感じだったことだ。
ここでもまた、諦める(明らかにする)が自分の芯にあった。
母が父を選んだ。ただそれだけの事だ。
大げさに聞こえるかもしれないけど、簡単にまとめるとそうなんだ。
そしてそれでいいと思っている。
母は母の人生を生きればいい。私はもう大人で、私には私の人生がある。
なんやかんや言っても、今、父があのような状態になって、父を見れるのは母だけである。
母も、もう、今更、父を捨てる事はできない、最後まで見届けるしかない、と決意を新たにしている。
だから、今回のことは、それでいいと思っているのもある。
ただ、そう思っている自分と、もう一つは、違う事を思った自分がいたというのを
文章で書き表しただけです。
私も歳をとったということかな。
歳を重ねるのも悪くないな。
今のところ、本当に、
自分を守りながら、過去の色々を見つめる、という事ができている気がする。
また、前みたいな、自分の感情を抑えて、無理して合わせていた自分に戻ることはなくて、
父と母に対して正しく諦めて(明らかにして)、
距離感をもって接していける気が、今のところはしている。(まぁわからないけど)
でも、
みんなそれぞれ、自分の人生を生きていいい。
本当に。
何度言っても離婚しなかったのは母だし、どれだけ裏切られても、子供よりも父をとってきたのは、
母だ。
そして、母の人生なんだからと、大人になった私は普通に「それでいいやん」、と今は思える。
そして、それは、冷たい意味もはらんでいる。
温かい意味も冷たい意味もどちらも。
「なんかその人に色々あって可哀想やなーってなってもさ、結局そうなる選択をしてきたのはその人自身やん?」
ネットで見かけたどこかの誰かの言葉が頭の中でこだましている。
自分の人生を生きていい。
そして、どうせ生きるなら、それに誇りを持って生きていきたい。
失敗したことがあっても、それさえも含めて肯定していきたい。
そう思う。
みんな自分の人生を生きていい。
私の思ったことは以上ですよ。
さて。
「お疲れ様会」にいってきますよ。淡々と行ってきます。
美味しいご飯に集中しよ。
今日も本当にお疲れさまです。
今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
この後も素敵な時間をお過ごしください。ではまた~





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