「愛が憎しみに変わる瞬間」心のメガネと親との正しい線引き

がんばりすぎた日々の話 (過去の体験 ・親・家族・夫婦 ・子育ての中の自分)
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さてさて、今日も、モヤモヤの言語化、行きますよ。

今はもう落ち着いてるんだけど、

この前「愛の感情から嫌な感情に変わる瞬間ってこういう事か!」と思った事を書きたいな、と思って、そんな感じの言語化になるかと思います。

 

よろしくお願いします。

 

先日、父の「今までお仕事お疲れ様でした会」にいってきた。

(詳しくは前回のブログを見てもらうとわかると思いマス。)

 

やはり、気分は乗らなかったが、私は淡々と料理に集中していた(笑)

一応、大人な対応を心がけて、淡々とその場をやり過ごした。

だから、この時は無事に終わっていたんだけど。

 

しばらくして、また別件で父と母がうちに来ることがあった。

その時、私の中では「この前頑張ったんだから、しばらくは会いたくはないな」と思っていた。

なんとなく、心の充電期間を設けたかった。

 

だけど、正直にそう言うのもめんどくさいし、言ったらいったでまた母が変に気を遣ったり、心配したりして、今度はそれに私が気を遣ったり、神経を煩わされるのもしんどい気がした。

だから、また、「淡々とやり過ごそう」という気持ちで、父と母に来てもらった。

 

そして、次の日、母からの一通のメールが、私の心に今までなかった感情を湧き起こした。

 

「昨日は元気な顔が見れなくて残念でした。次の会える時に期待してます」

 

そのままの文章ではないけど、そんなニュアンスが書かれた文章をみて、正直、心の奥がモヤっとした。

 

でも、これは、「いつもの母」らしいメールで、こんなニュアンスのメールは今までに何度も来ていたし、今までなら普通に「はーい!」と返せていた。

 

母なりに私の事を心配して、気遣って、ちょっと冗談っぽく送ってきたのもわかっている。

 

わかっているんだけど……。

 

本当に、滅多に感じたことのない感覚が湧いてきて、この時、冷静に私は思った。

 

「そうか、愛情から、憎しみに変わることってこういう事なんだな」

 

正確に言うと、私は実際、このメールで母を憎むようになったわけではない。

そこまでは思っていなくて、

でも、

「そうなる人の気持ちがわかるな、なるほどな」と思ったのだ。

 

客観的に自分を見ていてその発見があった。

だから「このままいくとヤバイな」と思った。本当に。

 

 

「昨日は元気な顔が見れなくて残念でした。次の会える時に期待してます」という、いつもの文章が、
歪んだ解釈にしか感じられない。

 

この時の私が思った事は、

「なんで、残念とか言ってくるん?私が元気ない原因、わからへんの?なんで嫌々会っているのに、我慢して、そっちが気分いいような態度にしなあかんの?次に期待してますって、それって、次は気を付けろよって言ってるようなもんやん!なんでそれに気づかへんの?なんでいつも、私を頑張らせるの!?」

という、怒りにまみれた言葉たちだった。

 

いつもの文章なのに。

大したことない普通の文章なのに。

 

でも、私がこんな状態になっているのに気付かずに、そんなメールを送ってきている母に対して怒りがこみ上げてくる。

(そして、母としては私を心配していると思っている事もとてもモヤる)

 

「お父さんもお母さんも、私の事を思うなら、もう、ほっといてよ……」

 

こうやって負の感情がどんどん膨れ上がっていく。

いつもの自分とは違うことに驚きつつも、このままではあかん、お母さんを憎みたくない、と思った。

だから、一旦落ち着こうと思った。

 

その時は、もう、考えるのをやめた。一旦休憩。自分を落ち着かせた。

「そうか、そう思ってるんだな」と、自分の感情をただ見つめて、そのままおさまるのを待った。

 

そして、冷静になってから、返信した。

「次会う時は、気を付けるね!」って。

 

ただ、どこかで冷めた感覚はあった。

「また、私、我慢してるな」とか「ほんまは冷めた感じだなんて気づいてへんのやろうな」とか思いつつ、
でも、それでいいや、って思ってそうした。

 

別に、何も期待していない。

それはちゃんと「諦めている(明らかにする)」から、なんか、そうできた。

 

でも、自分のことはちゃんと守る。絶対に。

「ちゃんと線引きする」という意思は変わっていない。

だから、それでいいと思う。

 

今は落ち着いているけど、あの時の自分を思い返すと色々とわかることがある。

 

「人はかけているメガネ(心の)で景色が変わる」

「自分の状態によって同じ事柄でも解釈が180度変わってしまう」

 

今回の色々な件をきっかけに、私は、

「私より父を選んだ。私の事はわかってくれない。結局は、いつも態度や表情で私をそうやって操作していることに気づいていない」

そんな心のメガネをかけてしまった。

 

今までは、めちゃくちゃな父から母を守らなければ、と必死になっていた自分だった。

だけど、結局母は、昔も今も、父を選んだ、という事に、心のどこかで腹を立てていたんだと思う。

 

今の父は一人では生きていけない、母がそうするしかないのはわかっている自分。
今まで母を守りながら、でも、心のどこかで感じていた違和感を、今になって爆発させてしまっている自分。
そんなことは、もうどうでもいいんだよ、と思えている自分。

 

色んな自分がグラデーションになって、頭のなかでワーワー言っている。

 

だから本当に、あのまま、「母に対して悪い視点で見るメガネ」をかけ続けていたら、
どんどん母を拒絶したくなっていただろうな、と思う。

 

感情のままに流されるのは危険だな、と今回改めて思った。

 

怒っていたのは確かなんだけど、いまは、嫌な事が重なりすぎていて、「悪い視点」からの一方方向でしか物事を見れていない自覚がある。

だからこそ、時間が必要なんだと痛感する。

 

まぁでも、ほっといてもらえないし、会わないといけない事情もあったりするから、そこはなんとか、自分で線引きしていかないといけない。

 

愛から憎しみへ変わることは、思っていたよりも簡単に起こってしまう。

だから、怖いなって思った。 

 

でも、逆に言うと、

憎しみから愛に変わることもあるんだろう。

 

まぁ、実際私も「過去のつらい出来事のおかげで」と思えることもある。

そう思うしかない、という部分もあるけどね。

 

でも、本当に、そう思えている時もある。

それは、「自分の状態」によってコロコロ変わる。

 

自分のその時の状況で「過去の解釈」も「都合のいいように」変わる。

 

そういう時、私も自分で「自分勝手だよな~」と思ったりする。

 

でもさ、それくらい、許してよ。神様。

 

だって、つらかったことは事実だもの。

父や弟に裏切られた過去を「感謝」に変えるだけでも、偉いと思うんだよ。

 

まだ、癒えてない傷だってあるよ。

だからさ、自分の気分によって都合よく過去を解釈することくらい、許してくださいよ。

 

と、私は思うのです。

 

 

みんな、いろんな事がありながら、それでも、一生懸命前を向いて生きようとしている人もいる。

本当に、みんな、偉いよ!

 

今回、自分の心の変化に気づいて、冷静に見つめて、ヤバイと思って、一旦心を落ち着かせて……

そんな変化を見つめる事ができたのも勉強になった。

 

 

こうして自分で体験すると、
他の人の痛みにも寄り添える事が増えたことになる。

 

だから、そういった人を見たとしても、
「なんで、あんなに愛していたのに憎むことになったの?そこまで憎まなくても…」とは思わない。

 

「そういう事もあるよね」

「今はそうなんだよね」

そう思える。

 

綺麗ごとで、美しく生きていきたいけど、
美しくなれない時だってある。

それが人間だ。

 

それでいいんだよ。

時間が解決してくれることもあるし、
何かのきっかけが心に変化を与えてくれることもある。

 

だから、その時の自分を大事にしてあげてください。

私もそうします。

 

 

さて、今日はどんな美味しいものを食べようかな(笑)

今日も本当にお疲れ様です。本当に。

 

最後までお読みいただき本当にありがとうございました。

この後も素敵な時間をお過ごしください。

ではまた~

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