「今日は栗をむくことしかできなかったな」
先日、仕事も予定もなかった日に、私は栗をむいた。
秋の味覚。
栗。
約2~3㎏ほどあった栗をむくという任務が私にはあった。
ずっと気になっていた。
でも、一旦冷凍庫に入れるところまではしていたので、
別に急いでする必要はなかった。
でも、私は、
……気になってしまうタチなのだ。
なにか自分に与えられた「任務」ができると、
それを今すぐにでも終わらせてしまわないと、気が気じゃない。
(というのは、言いすぎやけど、まぁ、気になっているのは確か)
「タスク」が残ってることに、ものすごく不快感を感じる。
今すぐにやらなくてもいいことなので、
それをすることが例え非効率であっても、
私は「栗をむく」という衝動を抑える事が出来なかった。
この性格、なんとかなりませんかね。。。(ふぅ…)
だけど、一旦、忘れてしまえば、
今度はびっくりするくらいほったらかしてしまう。(栗だけに…)
極端やな、ほんま。
まぁ、でも、
これも私の短所であり、長所か、とやっと思えるようになってきたので、
この前は、黙々と栗と向き合った。
※余談ですが、私みたいにタスクがあるとどうしても気になってしまう方は、
こんな方法もあります。
➀手帳にタスクとしてメモしておく
②その時に、「今週中にすること」「今月中にすること」みたいに分けて書いておくと安心する(自分が)
③あとはどれだけ気になっていても「手帳に書いたから大丈夫!忘れる事はない!」と自分に言い聞かせる
と、まぁ、原始的な方法ですが、
私は「今すぐにやらなくても良いけど、やらなあかんこと」としてメモしておくと、
ちょっとだけこの衝動を抑える事ができてます。
(ちょっとだけかい)
そして、やり始めたら、もう止まらない。
ご飯を食べるのも忘れて、没頭してしまう。
頭の中は山積みになっている栗でいっぱい。
手は切るし、傷だらけやし、なんか腕も痛いのに、止められへん。
残しておいて、続きは後日すればいいのに、それができない。
めっちゃ「気になる」のである。
こういう時、そういう意味で「不器用だよな~」と痛感する。
朝、送り出した息子が学校から帰ってきてもなお、
絆創膏だらけの手で栗をむく私をみて息子が、
「え?まだやってたん?そりゃ大変やわ~、ほんまお疲れ様~」
と、同情されてしまった。
(いつもはあっさりしている長男なので、よっぽど可哀想と思ったんだろう)
栗むきが終わった頃には、気力が残り1パーセントだった。
エプロンを脱ぎ、椅子に腰かけ、ふう~っと一息。
台所を焦点のあってない目でただ見つめる。
そして、ジワジワと後悔?のような感情が湧いてくる。
「あぁ、私、何してたんやろ。栗しかむいてへんやん。もったいないことしたわ。やりたいこと他にもいっぱいあったのに」
頭の中で色んな言葉がめぐり、胸の辺りはずーんってなっている。
栗仕事は立派な仕事だ。
でも。
もっと自分のやりたいこともしたかった!(笑)
貴重な時間やったのに!(笑)
だけど、
親戚からいただいた、ありがたい栗。
いつか、誰かが、必ずむかないといけない栗。
しょうがないことなんだ。
そう自分に言い聞かせた。
長々と何を書いてるんでしょうね(笑)
いや、あまりにも、大変やったから。栗むきが。
楽しいけど、さすがに1日中してたらちょっと嫌になってくる。
最後は「誰がこんな固いもん食べようとおもったんや」とか、どうでもいいことを考えていた。
そして、苦労して、作った渋皮煮を、
「美味しい!」と言ってバクバク食べる息子と夫。
あぁ、私の苦労の結晶が一秒で一個ずつ消えていく……(ジーザス!)
こういう時、ついつい時間換算してしまう自分がいる(笑)
「あの一口に私の何10分が含まれている」
そして、私の苦労の何時間は、あっという間に彼らのお腹の中に入っていった。
幸せそうで、満足気な顔。
彼らのそんな表情を見ていると、
しんどかった気持ちもあっという間に晴れやかに………
ってなるかーい。
もっと味わって食べてよ、ほんま!
いや、それか、
私が1日中頑張って栗と戦ってた姿を撮った映像を流しながら食べておくれ。
もしくは、一口ごとに、栗むきの大変さを熱弁しようかな。
絆創膏はがして、こんなに傷あるんやで!とか言いながら…。
と、そんなわけのわからないことを想像してしまったけど。
ほんま、世の中のお母さん、頑張ってますよ。
家族のためにね、みんなが見てないところで、色んな事してますから。
褒めてよ!と家族に言うのもアレなので、
自分でもっと、自分のしていること、頑張っていることを認めて、
自分を褒めなきゃですね。はい。
あ、そうそう。
自分を褒める、で思い出した。
最近、自分が何に、どれだけ、時間を使っているのかを、再確認しようと思っていて、
自分の1日の時間の使い方をメモしてるんですよ。
(なぜかというと、自分が無意識に過ごしてしまっている、時間のもったいない使い方をしているものを把握するためです)
そこで、ついでに、めんどくさくない時は、
自分がやっている家事を細かく書くようにしていて。
それを後で、1日の終わりに確認すると、
「私、めっちゃ働いてたやーん(家事を)」となって、
すんごく自分を褒めたくなります。
「今日も私、よく頑張ったね」って、素直に思えるというか。
これ、たぶん、
自己効力感とか、自己肯定感が上がることに地味に繋がってる気がしますよ。
なんやかんやいって、結局、自分が一番、じぶんの頑張りを見落としてしまいがちだよね。
誰かに喜んでもらえたか、
お金になったかに関係なく、
自分が使った時間や労力を、自分自身がきちんと認めてあげることが何より大切ですね。
何かと比べるわけではなくて、
ただ「あぁ、今日も私、お疲れさま!」っていってあげること。
子供や夫にはいつも、
「今日もお疲れ様~」
って言ってるのにね。
自分に対して言わないのは、自分が可哀想だよね。
つい、見落としてしまいがちだからこそ、
自分が何をやっているのか、それをメモして、自分で感じることで、
自分への見方がまたちょっと変わるかもしれません。
ここで、重要な事を最後に一つ!
「何をやっていたのか」を真剣に考え過ぎてしまうと、
「何もやっていなかったこと」への罪悪感が発生していしまう人もいるかもと思って、
注意喚起です!
(まさに私のこと)
「何もやっていない時間」
それは、私にとって、あなたにとって、大切な充電時間なんだってことです。
自分が家族のために頑張る、周りのために頑張る、
自分の人生を楽しむために頑張る。
そのためには、エネルギーが必要ですから。
身体にも、心にも。
そのエネルギーを充電させる、回復させる時間は、
必須科目です。
何もしていないんじゃなくて、ちゃんと充電しているんです。
それが、
家族への優しさや、笑顔に繋がり、
仕事への意欲に繋がり、
自分の人生を楽しむことに繋がりますよ。
だから、
もうこれは、
歯を磨くくらいに、
お風呂に入るくらいに、
日々の中で重要事項なわけです。
それも忘れずに。
なので、1日を振り返った時、
「今日も私、自分のためにちゃんと休んだな!よしよし!えらいぞ!」
って言ってあげることですね。
(今、自分でほんまや~!ってなってます。今日からしようっと)
今日も本当に、お疲れ様です。
渋皮煮、美味しいです。
頑張ったんだから、みんなより多く食べてやろ。(内緒でお願いします)
ふふふ。
今日、何かを頑張った自分にも。
今日、ゆっくり休んだ自分にも。
「今日もお疲れさま」って、言ってあげましょう~
今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
この後も素敵な時間をお過ごしください。ではまた~
【この記事を最後まで読んでくださったあなたへ】
『家事や時短の考え方んお引き出しにどうぞ~』↓



『自己肯定感について、自己肯定感を上げることについてなど』





コメント