どうも、永遠の中二病おばさんです。(おばあさんになっても中二病の予定w)
今日は、「想像力」のお話。でも、かなりまた、スピリチュアルな方向にもよるかもです。(いや、よらないかも?まぁどっちでもいいか!)
目に見えない世界。本当にロマンある世界。人間の可能性は無限大。本当に。
その可能性を知ってただワクワクして、その楽しさを共有したいだけです。
そういえば、先日、息子が生まれてくる前の記憶の話をしたことがあった。息子は10歳。体内記憶を持つ子供ってもっと年齢が低いイメージ。そして、そんな記憶の話は本人からは聞いたこともなかった。(昔4~5歳くらいの時に何気に聞いた時は、反応薄くて覚えてないのかな~とおもってた)
息子も自分で、はっきりとした記憶はないけど、なんとなく覚えてるっていってた。
雲の上にいて、神様はおじいちゃんでって。
まぁそれくらいの記憶でしかなかったけど、私的にはとても面白かった。私は、男の子が二人いるけど、どちらも生まれる前に流産を経験している。なんとなく、その時の子供がかえってきてくれたのかな~と思ってて、そんな事も聞けたらなんか面白いと思ったけど、息子氏の記憶の話ではそこまでの記憶はなかった。
不思議なことは当たり前のようにある。
という事で、今日は「想像力」のお話。
先日タフティを読んだ感想ブログを書いた。
タフティで書かれていた「未来の構築」。
つまり、未来を想像すること。
イメージすること。
イメージ。
タフティ以外でも、自己啓発の引き寄せの法則とかでもいわれているけど、「想像力」はとても重要なポイントだ。
そうあってほしい未来をどれだけ具体的にイメージできるのか。
その時の状態。
自分の感情。
周りの反応。
そして、さらには、触覚的なイメージ、嗅覚的なイメージ、聴覚的なイメージ。
そう。
つまり、イメージでも、五感をフル活用している。
リアルであればあるほど、良い。
まるで、匂ってきそうな感じ。
まるで今触っているような感じ。
超リアルイメージ。
で、私はおもった。(実際にイメージをしながら気づいた)
イメージするときって、今までの経験の感覚を使っているなって。
例えば、「自然にいる感じをイメージして」って言われたときに、視覚的にはイメージできても、木の香りとか、風が自分に当たる感じとか、息を吸った時に入る空気の冷たさとか、自然の中にいる爽快感とか、木をさわった時のザラっとした感じとか。
これは体験していないと、イメージすることができない。
頭の中でリアルに再現することができない。
やはり、経験に勝るものはないのだ。
ただ、視覚的なイメージに関しては、体験以外でも伸ばすことができるものがある。
それは、映画とか小説とか、そういったものだ。(と私は思う)
映画を見て、その世界に没頭したら、まるで自分も体験しているような感覚にはなれる。
いった事のない場所、見たことのないもの。
映画を見るだけで、「知る」ことができる。
見る事で知ると、イメージは確実にしやすくなる。

小説も想像しやすいような小説を読むと、脳内でそのイメージが作られる。
小説を読む事で、その世界を疑似体験できる。
映画も小説も、自分が経験できない事を疑似体験できる。
自分にとって印象が強ければ強いほど、鮮明にイメージできる。
さっきも言ったけど、引き寄せとか、未来の構築とか、とにかくリアルなイメージがとっても大切だといわれている。
リアルで経験すること。疑似体験すること。
これらの経験が多いほど、想像ってしやすくなるな~と思った。
私は本を読むのが好きだけど、今まで小説を読んだ数はすくない。
一方、夫は小説ばかり読んでいて、さらには映画好き。たくさんの映画を見てきている。
お互い同じものをイメージした時には、もしかしたら夫の方がリアルなものが描けてるのではないかな、と思う。(まぁ仮説だけど。そして何をイメージするかにもよる)
なので、最近、「もっと映画を見たり、小説を読めばよかったな~」と今更ながら思っている私。
まぁ思ってもしょうがないけど!
そして、先日ブログでも書いた、「五感をフルに感じる」事にも通じる。
日常の体験のすべてをいかに集中するのか。今この瞬間を生きて、感じきるのか。
これがすごく大事だと思うのだ。
ここからはさらに私の妄想話。
もし、何かが起こった時、例えば、2025年問題的な何か、大災害とかわからんけど、とにかく何かが起こった時。
その時に、その瞬間に悲観するのではなく、未来を構築することで引き寄せが起こるとして。(タフティ的な方法で)
大災害で、ライフラインが止まったとして、そんな日々が続いたとしても、悲観することなく、とにかく今に集中して生きながら、未来を構築(想像)するとき、
当たり前だった日常の動作、体験すべてをどれだけ鮮明ににイメージできるだろうかと思うのだ。
リアルなイメージほど、引き寄せ、その未来を設定し、その台本を生きれることになる。
お風呂に入った時の、お湯の温かさ、じわ~っと体全体が喜ぶ感じ、包まれている感じ、湯気の感じ、石鹸の泡で体に触れたときの感じ、、、
そんな、今は当たり前すぎて意識することのない事を、いざという時ちゃんとイメージできるだろうか。
ご飯を食べる時もそう。
私だったら、ご飯を作る時のイメージもそう。
食材をさわった感じ、洗う感じ、におい、切る音、切った時のザクッっという振動、そんな体験すべて。
リアルに思い出せるのか。
思い出そうと思ったら、今その瞬間していることすべてに意識を向けて、全身の神経に集中して、感じなければいけない。
当たり前だと思ってるものほど、無意識にしてしまっているから。
感覚を思い出そうと思っても、曖昧になったりする。
そんな大災害とか起きない方がいいと思うし、起きないと願っているけど、例えばの話でそんな事をふと思って、
日々の体験すべてを大切にしようと思ったというお話でした。
災害が起きなくても、やっぱり今この瞬間を生きる事はとっても大切。
本当に。
当たり前のことなんてないですね。
誰が言ってたか忘れたけど、
霊能者の人で、亡くなった人とお話ができる人が言っていたけど、亡くなった人がその人に助けを求めて何を訴えてくるのか。
その訴えの中の一つに、「息がしたい」っていうのがあるらしい。
自ら命を絶った人もそう言ってくるらしい。
「息をすること」
空気を思いっきり吸って、はいて。
あまりにも当たり前にしてるから意識できなかったりする呼吸。
でも、五感すべてを使って、私たちは「呼吸」している。
「呼吸」を感じたくても、感じれない人がいる。
感じれるのは、「体」を持っている人だけ。
呼吸をすること。
息を感じること。
私たちは生きている。
そして、私たちは無意識でも、呼吸するために働いてくれている体の細胞たちに本当に感謝だ。
ありがたいな。
最近、本当に、毎日、今まで当たり前だと思ってやってる事すべてに関して、ありがたいなーと思う。
めんどくさいなーって思っている家事とかもね(笑)
だって、めんどくさいと思いつつも、その家事ができている時点で、平和に暮らせているってことだ。
何かがあったら、その家事でさえできなくなる。
何もできなくなった時、私はきっと、なんでもいいから「体験したい」って思う気がする。
そんな貴重な体験を日常ですることができている。
ありがたい。
本当に。
でも。当たり前だと思っているものほど、忘れてしまう。
そしてそれは、しょうがないこと。
そういうものだから。
だから、何かの拍子にでもいい。ただ思い出せばいいんだ。
思い出して意識する。感謝する。それでいい。
それでいいと思う。
本当に毎日がありがたい。
私の毎日も、あなたの毎日も素晴らしい。
思い出して、感謝して、希望をもって、生きていきましょう!
なにがあっても、私たちは、幸せに生きるようになっています!
今日も最後までお読みいただきありがとうございました!本当に感謝感謝です!!!!
この後も素敵な時間をお過ごしください!
ではまた!



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