私たちの「気分」は、脳が作った物語かもしれない。人生の編集者は誰だ?

心をほどく言葉(気づき・違和感・感情の整理・生き方の視点)
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今日は「気分の正体」について書いてみたいと思いマス。

  

先日、私は「なんとなく」気持ちが乗らないなと思った時があった。

でもその日の朝起きた時はそんなことはなかった。

気づいたらなんとなく、「気分が乗らないな」と思っていた。

 

これは、意識してないと多分通り過ぎて行ってしまうような、そんな気づきだ。
よくあること。

本当によくあることで、気にも止めない自分の「気分」だと思う。

 

でも私はそういった「気持ちの変化」を観察するのが好きだ。

 

なぜ私はそんな気持ちになったのか。

 

どうしても「元」を探したくなる。
私はその日の朝からの自分をもう一度頭の中で再生してみた。

 

朝起きて、ご飯を作って、子供たちを見送る。
その後夫と少し、家のことについて話をした。
そして、必要なものがあったから探したんだけど、どうしても見つからなかった。
そのまま、予定の時間が来たから家を出た。

  

家を出る前に「なんとなく」気分が乗ってないことに気づいた。

 

こういう時、別に気にもせず過ごしていたら、そのうち気分が良くなることだってある。

だからほっとけばいいんだけどね(笑)

でもどうしても気になったから…

 

私はその時こう考えた。

一つ一つの出来事の中に「不満足」なものがあって、それがたまたま重なって今の気分が作られているかもしれないなって。

 

つまり、出来事に対しての自分の判断、自分のジャッジが「不満足」だったからこそ、少しずつ自分の気分が落ちていったのだ。

 

子供たちを見送る前、とあるメールを確認するとちょっとだけ不満な気持ちになったこと。

夫との会話が中途半端に終わってしまったこと。

探し物が見つからなかったこと。

 

こういったちょっとしたことの「不満足感」が今の私の気持ちを作ってるんだなと思った。

 

でもこれも、極端な話、だいぶ抽象度を上げて考えると、
実はこれは私の思ったことではないのだ。

 

私のなかの脳みそが、そう判断して、ジャッジして、私をそんな気分の状態にしているだけだ。

 

私が感じているものは脳が作った「物語」なんだ。

 

11個の出来事を「本当にそうだった?」「そんなに不満足なことか?」と問い直す。
すると「別に大したことないや」ってことに気づく。
 

そう思うと「不満足さ」は脳が勝手に作り出した物語を私がそう感じているだけなんだという気持ちになる。

 

すごく、感覚的なことを言ってるけどね。

 

でも私は、脳の中に4つのキャラがいるってことを本で知ったし、
その時点でなんというか、
自分の意思とはまたちょっと違うものが頭の中で共存しているなと思っている。

 

「不満」を感じた時、
「このキャラはどれだ?」と問うた時点で自分とは違う何かを客観視している。

もしも自分がキャラと一体化していたら、
「このキャラは誰?」という質問自体が成り立たない

 

四つのキャラたちとは違うところに私の「意識体」がある。

私は自分の「意識」と「感情」は別物なんだっていう考え方を結構気に入って採用している。

こんな「見方」を取り入れてみると面白いよね?(笑)

 

「私の体と、意識は多分別々に存在しているんだろうな」って。
私がこの体のことを「私」と思っているだけで。 

 

あぁ、すごくスピリチュアルなこと言ってるかも。(でも楽しい)

 

私たちが見ている世界は本当にみんな同じじゃない。

前にも書いたけど、見ているものでさえ「同じと思い込んでいるだけ」

 

 

見たいように見て、感じたいように感じているだけなんだ。

 

 

だから、なんとなく気分が乗らないなって思っていること自体が気のせいで、
「物語」なのかもしれないって思うと、そこで気持ちがリセットされる。

全ての出来事に物語を作らなければ、そこに揺れる感情はない。

 

多分、私の言っていることは、曖昧で、ぼんやりしていて、すごく抽象的で分かりにくいと思いマス。

 

だけど、頭の中でいろんな考え方があって、どんどん抽象度を上げていくと、結局つながる部分があることに気づく。


「あーなんだ、そういうことか」ってなる。

 

今回、日常にうまく活かすとするならば、

なんとなく気分が乗らない時。

「これは自分の脳が勝手にそう思わせているだけかも」ってほんの一歩、自分の感情から離れてみる。

するとマイナスに偏った気分をニュートラルに戻すことができるかもしれないよ、ということです。

脳が作った「物語」にさらに自分で赤線を引いて重要視しなくてもいい。

 

脳が作ったということに気づけば、そこからいくらでも「物語」は書き直せる。

自分が編集者となってペンを持つ。

ここは脳に任せっぱなしにしてはいけないところだ。

 

気分が乗らない時に、なんでそこまで考えなきゃいけないの?って思う人もいると思うよ。

でもこれにも私的な理由があって。

 

スピリチュアル的解釈かもしれないけど。

 

やっぱり私たちの「気分」「周波数」なわけで。

「気分が乗らない」という状態は、周波数自体もそんな状態だというわけで。

 

周波数は目では見えなくてもあなたも感じたことはあるはず。

 

ネガティブなことばかり言う人の空気感って重たいと言うか、どんよりしてるなって思ったことないかな?

どこかのお店に入った瞬間、なんか陰気くさいなって思う感じとかもそう。

 

目には見えないだけで「感じる」と言うことは何かがそこに現象として「ある」ということだ。

 

昔、メタトロンの専門家の人が言っていたけど、
「同じ周波数同士のものは磁石のように引き合ってしまう」と言っていた。

自分の状態が良くないと、そんな状態のものを引き寄せてしまう。

これって、よく考えたら自分でも本当にあったりする。

 

気分が乗らなくてムスッとした顔で過ごしていたら、また次に嫌なことが起こったりして。
「なんで今日はこんなについてないんだ!」って思う時ないかな?(笑)

 

だからこそ私は「自分の状態」をすごく大事にしている。

できるだけ「いい気分」でいようって心がけている。

 

 

気のせいだよ、と言われればそれまでだけどね。 

 

だから、今日の「気分の乗らない」状態をもう少しだけ深掘りしてみたのだ。

 

私たちは本当に思っている以上に「脳が作り出す物語」に振り回されていたりする。

 

こんなこと言うと脳が悪者みたいだけど、私はそんなことは一切思っていない。

 

脳はすごいなと思うし、私は脳のことが大好きだ。(だから脳に関する本を自然と手に取ってしまう)

脳があることで私たちは素晴らしいことがたくさんできる。

とてもありがたいことだ。

 

だけど。

大事だと思うから何度も言うけど、
本当はそんなことはないのにそれに対して「重要度」を上げてしまったりしている時もある。

 

そこに気づいて「本当に?」と問うて、自分で考え直すことがとっても大切なのです。

 

「気分」の正体。

あなたはどう思いますか? 

 

ふふふ。

 

私の書いたことが唯一の正解でもないし、私も「今の私の時点ではこう思う」と言うだけだよ。

また変わるかもしれないし変わらないかもしれない。

でもそれでいいと思ってます。

 

 

あなたの「物語」はどんな感じで、あなたは今「どんな気分」?

どんな時も編集者は「あなた」だ。

あなたの「物語」に乾杯!

 

今日も最後までお読みくださり本当にありがとうございました。この後も素敵な時間をお過ごしください。ではまた~!

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今日はふと思った事をそこまで掘り下げずに、つらつらっと書きたいなという気持ちが強いので、そんな文章でも良ければお付き合いいただけると嬉しいです。ではでは。。。ちょっと前に、ブログを書こうとパソコンを立ち上げた。だけど一向に文章が思い浮かばない。ここ数日、何にもなかったわけではない。だけど。そこまで自分のアンテナに引っかかることがなかったのか、もしくは忘れてしまっているのかもしれない。

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