「本当の自分」は一つじゃない。両親の間に立って気づいた心の多面性

心をほどく言葉(気づき・違和感・感情の整理・生き方の視点)
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今日は父と母の間に挟まれて感じた気づきについてお話しますよ。

ちょっと面白くなさそうだねw

でも、それは「みんなに当てはまるもの」として見てみると何か少しは発見があるかもしれません。(そうだといいな)

 

という事でよろしくお願いします。

 

父と母。

二人を見ていると、いつも色んな発見がある。 

 

父が病気で倒れてから、父は性格が変わったので、以前よりも私と喋ることが多くなった。

一方、母とは昔からよく喋っていた。

 

だから、母目線で父の事をよく見ていた。

 

つまり、母目線フィルターをかけて父を見ていたって感じ。
もちろん、私自身も父を見ていたけども。

 

母からの話を聞いて「そうか、そんなことあったんだね、そういう事をお父さんはするんだ、考えるんだ」って思うことが多かった。

 

母の話に出てくる父、昔から私が感じてきた父と照合して、ある程度「まぁそういうものだよね」って理解してたんだけど。

 

でも。

最近、たまに「あれ?」と思うことがちょくちょくあって。

 

それははっきりとした違和感というより、「なんとなく」っていう繊細な感じ。

だけど、何かを感じる事があって。

 

で、

それが「なんとなく」そういうことなのかなと、最近思ったわけです。

 

それぞれ二人と喋ることが増えて見えてきたもの。

それは、

それぞれが娘と喋る時の顔(キャラ)で喋っているんだな、という事だ。

 

そりゃそうだよね。

私だって、父と話す時、母と話す時、
夫とや子供と話す時、友達と話す時、
少なからず全部同じキャラで喋っているわけではない。

 

それで、どれが「本当の自分?」ってなるんだけど、

どれもが「本当の自分」なのだ。

 

その時、その時、相手との関係性のなかで、出てくるキャラは違う。

私たちはうまく微調整してそのキャラを使い分けている。

 

それは別に悪いことではない。

(ただ、自分に嘘をついてずっとしんどいキャラで居続けるのはよくないけどね)

 

 

もちろん中には、誰と接するときでも全部一緒って人もいるけど。(それはそれで素晴らしい)

 

で、

父と母の話に戻るけど。

 

母と二人で喋って母の話を聞く。

その後、父と二人だけで喋った時に「え?そうだったの?」と思う事がよくあるのだ。

 

それは逆の感じでも起こっていて。

 

極論、私に話している感じでお互いが喋ればもっと深い階層で話ができて、
話のズレが起こらずにうまくい
くんだろうなぁと思うのだ。 

 

なんでそんなズレが起こるのか。

 

それはさっきの話と一緒で、

父と母は「私と話す時は娘用のキャラ」で話している。

夫婦で見せ合っているキャラではない。

 

直接、相手に話さないから「素直になれている」というのもあるかもしれない。(娘の私にはお互い本心を言えているみたいな)

 

例えば、本当は「寂しい」と思っているのに、いざ本人を目の前にすると強がってしまう、とか。

本当はもっと違う話なのに、今までの関係性で「そんなこと言うわけない」という思い込みがフィルターになってしまって、曲がった解釈をしてしまっている、とか。

 

そう言う事が起こっているんだろうなと思うのだ。

そしてそれが、私の感じている「違和感」につながっているだろうなって。

 

父は確かに鈍感だし、空気が読めないところがある。
それはもう、資質としてそうなんだから、しょうがないと思っている。
みんな同じだと面白くないしね。

 

でも、最近、父が本当はそこまで考えてたんだと思う事も実際にはあるのだ。

私と話す時は、母に対してすごく気を遣っていて、一応すごく大切にしようとしているのが伝わってくる。

でも、母からの話を聞いていると、どちらかというと、それが伝わり切っていない感じがする(^^;)

 

私は、「私に話をしている感じでもっと母と喋ればいいのに」と思うし、母にも同じことを思ったりする。

「もっと私に喋っている本心を父に言えばいいのに」って。

 

間に入って、客観的に見ているからすごくわかる(笑)

 

でも、それが難しいんだろうね。
お互いのプライドとか、今までの関係性とか。

そういうのがあるんだろうなぁ。(本当に難しいですね)

 

じゃあ、間にはいっている私がうまくお互いの事を伝えてあげたらいいじゃんってなるけど。

 

でもね、それも、やっぱり「二人の課題」なわけですよ。(アドラー先生の課題の分離です)

 

私が二人の課題を奪ってはいけない。

 

父の病気で二人の関係性がグッと変わって、今までなかった距離感で、新しく関係性を構築しているんだなと思うので、
これは二人が少しずつやっていくしかないんだろうな、と思う。

今までやってこなかった分を取り返してるんだろうなぁ。

 

私は二人なら大丈夫だ!と信じて待つしかないわけです。

 

人生って面白いなって本当に思う。

向き合わずに来たことでも、後で必ず向き合わざるを得なくなるんだろうな、と思うのだ。

 

だから、今、何かに向き合ってすごくつらいよ、しんどいよっていうあなた。

あなたは本当に頑張ってます!

いつかは向き合わなければいけない問題にちゃんと向き合っている。

それは必ずいい方向に向かっています。

その時は「いい方向」なんて気づけないけど。

でも、必ず、「いい方向だった」って思える時が来るから。
人生って本当にうまいことなってる。(本当に。私はそうおもうよ)

 

だから、散々子育てでぶつかってつまずいて、そして今も継続中だけど(笑)、私も頑張りますよ。

 

話を戻します!(いつもゴメンナサイ)

 

両親を見ていて思う事を書いたけど、これもまた、別の角度でも見ないといけなくて。

母が父の愚痴を私に言っていることをもう少し考えてみるよ。

 

これも「その話しか聞いていない」と、私は父をそういう風に見てしまう。

だって、そこしか聞いていないから。

 

でも、これもまた、思い出すべきことは、母が話しているのはあくまで数ある中の「たった一場面」ということだ。

それが全てではない。

 

そして、どんなに父が母に対して優しいことをしていても、母親が娘に対して「のろける」ことはしないと思う。
特に私の母はそうだ。たぶん、恥ずかしくて言えないと思う。

 

だから、そういった部分を私は知らない。

でも、確実に父にそういった部分はあるはずだ。

 

それは、なんとなくそう感じる時があるから。
(言動とか、会話をしていたら想像できる)

 

だから、母からの話を聞いて、これは母じゃなくても言えるけど、
誰かから、誰かの話を聞いて、
たった「一場面」しか見ていないのに、それでその人を判断するのは時期尚早ということだ。

 

やっぱり自分で確かめるまでは、っていう気持ちが大事ですね(はい、気をつけます)

 

私だって、ここのブログで見せているキャラと、夫に見せているキャラは違うよ(笑)

(どっちかというと、こっちが本当寄りだったりしてw)

 

みんないろんなキャラを使い分けているわけです。

しかもそれを無意識にしているから。

面白いね。

 

まぁでも、父とこの前話をして、

「お父さんの言いたいこともわかる。だからさ、お母さんは心配性なんだから、お父さんがそう思っているのをうまく伝えるには、まず、お母さんが安心できる情報をちゃんと用意してそれありきで話を進めていけばいいんじゃない?」

と一応娘なりに話をしておいた。

(結局、介入してるんかいっていうツッコミは置いといてね)

 

そして、母には、「お父さん、お母さんのこと大事に思う気持ちはあらはるけど、伝え方がわからないんだろうね~」とでも一言、言っておこうかな(余計なお節介かなw)

 

まぁ母もね、色々ありましたからね(汗)

今の父だけを見ているわけではないから、どうしても昔の父もちらつくんだろうな。

だから、先にバリアを張って、その奥に踏み込まないように、踏み込ませないようにしているのかもしれないな、と思う。

もうこれ以上、傷つきたくない!という気持ちが奥にあるんだろうな。

 

それに関しては、私は母には言ってないけど、でも、そうなんだろうなと思う。

 

これは時間がかかる問題だから、
父が時間をかけて信頼を回復させていくしかない。

 

自然と母が「もうバリアを張らなくていいんだな」って思える時がくるまで。

それが父の償いでもあるなと、私は思う。

 

心の傷が癒えるまで。

 

色々話したけど、まとめますよ(笑)(いつもありがとうございます)

 

自分が知っているあの人。

その人の事を知っているつもりでも、それはたったの一部分なんだ、と思って相手の違う部分があるのかもしれないという想像力を持つこと。

 

自分に見せている顔は、強がっているのかも?

恥ずかしいのかも?

素直になれているのかも?

遠慮しているのかも?

 

そういった想像が相手との関係をより良くするかもしれないし、
もっと深く知るとまた相手を好きになれる(かもしれない)

 

前にも書いたけど、
好きな人が自分の人生に沢山いる方が絶対幸せだものね。

 

だから、私はよく、サイコロの目を想像するよ。

「この人のサイコロの➀の面以外はどんな感じだろう」って。

 

全部の面があるからサイコロは楽しい。

色んなおかずがあるからご飯もおいしい。

色んな色があるから素敵な絵が描ける。

色んな声があるから素晴らしいハーモニーになる。

 

さぁ、今日はどんなキャラでいきましょうか。

どんな私も、どんなあなたも、素晴らしいですね。

  

今日も最後までお読みいただきありがとうございました!
この後も素敵な時間をお過ごし下さい。

ではまた~

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