私は父の「何に」イライラしているのか?(モヤモヤの言語化)

がんばりすぎた日々の話 (過去の体験 ・親・家族・夫婦 ・子育ての中の自分)
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今日はモヤモヤの言語化をしていきます~。

 

以前にも何回かかいてるけど、この前母と話をしながらまた思い出されたので、このモヤモヤをもう一度言語化しておこうと思った次第デス(よかったらお付き合いください) 

 

「この前お父さんのメールの文章にイラっとしたんだよね」

私は母にそういった。

 

他愛もない会話だけど、父が打ち込んだ「文章」に私の心は反応した。 

 

「ん?なんでそんな言い方すんの?その言い方、なんか嫌な感じ」

 

パッと見た時に、フッと瞬間的に来る感情。

心のどこかが反応しているらしい。

 

なぜそんな感情になるのか。母と話をしながら考えていた。

この感情、この感覚。定期的に感じるんだよなーーー

 

父を変えようとしても無理なのはわかっている。

この感情を味わなくするには、私の中にある「未解決の感情」を成仏させてあげることだ。

考え方を変えるとか、物の見方を変えるとか。

 

何度もやってはきているけど、でも完全にはできていないらしい。

やっぱり定期的にそういった感情になってしまう。

でもそれでいいと思っている。人間の心は玉ねぎのように何層にもなっているから。

めくってもめくっても、また新しい皮が出てきたりするから。そういうものだからすぐに解決しなくてもいいやと思っている。

 

 

じゃあ我慢すればいいのか?って感じだけど、それもまた違う。出てきた感情を押し込めてしまうと必ず反動が来るからだ。 

どこかしら体の具合が悪くなったりする。

それも良くない。

 

だから私は、あえて、母と話をする時に、正直に「イラついたんだよね!」とはっきり言ったりしている(笑)

普段はそういった「愚痴」みたいなことは言わないけど、母と会っている時のこの時間の間だけ!と自分で決めて吐き出すようにしている。

 

自分の感情を吐き出すという目的と、実はもう一つの目的があったりする。

それは、ついでに母の心の奥底で感じているモヤモヤも「言語化して出す」ことだ。

 

 

私の場合、私がイラッとすることは同じように母もそう感じていたりする。

だからこそ、母が感じている感情も私が先に「言語化」して出すことで、普段あまり文句を言わない母の感情のモヤモヤのガス抜きをしているのだ。

 

このブログを何度か見てくださっている方は、耳にタコ状態で申し訳ないですが、

私の父はギャンブル依存症だった頃、本当に家族に迷惑をかけてきた。借金は作りまくるわ、嘘はつきまくるわで、とにかく信用できなかったし、なんかもう最悪だった。

くも膜下出血で2年前に倒れてからは人が変わったようになって、ギャンブルもお酒もたばこもやめたけど。そしてついでに、自分の過去の過ちの記憶までなくなってしまったみたいで。

 

というか、そこまで自分で「悪かった」って思ってないのかも。そんな気が今はしている。

 

もう変わってしまった父を今更責めてもしょうがないし、どこかで「許さなきゃ」と思う自分もいる。

 

考え方を変えて「あの時のつらい経験のおかげで」と思えるときもある事は事実だ。

 

だけど、たまに、ふと、「イラっと」する瞬間もあることも事実なのである。

 

 

今回は、自分にもう少し聞いてみた。心の声に耳を傾ける。

「本当は私はどうしたいの?」

 

問いの後に心に浮かんだことは、

「本当はもっと反省している姿を見せてほしい。本当にごめんなさいって態度で表してほしい。父が本当に反省しているんだなってことを感じたい。悪いことをしたね、お父さんが悪かったって言ってほしい」

「こういった態度を続けてもらって、その態度に私が満足できて初めて、それらの感情が成仏できる」

  

 

今の父は本当に反省のかけらもない。

多分、悪いって思ってない。さっきも言ったけど。記憶はうっすらあるんだろうけど、そんなに家族を困らせてたってことはわからないんだろう。

 

今はギャンブルとかもしないし、なんかもう「自分は生まれ変わっていい人!」みたいにおもっているから。

 

そう前向きに思えるのはいいんだけど、いきなり「反省」の過程もなく、「生まれ変わりました」っていう状況を私は突き付けられて。何もなかったように当たり前のように生活しているのが私はきっと許せないんだ。

(もっときつく言うと、どこかでわたしと同じように悲しかった感情になってほしいっておもってるのかもなーーー。でも、大病した時点で種類は違うけど、そういう思いはしているかーーー…)

 

今のようなそういう態度になるのは、もっと家族に対して反省の態度を示して、私たちが「もうそんなに反省しなくてもいいよ」ってなってからにしてほしいと思ってるんだなーって、

自分の中のモヤモヤを見つめると、こんな言語化になりました。

 

あまりマイナスな事をおもっちゃいけない、とか、受け入れないといけない、とか、許していこう、とか、

それは本当にそうなんだけど、自分が思っている「感情」に蓋をするのが一番あかんことだ。

 

感情を出し切ったさきに、自然と「許せている」」状態になっているのがベストだ。

「許さなきゃ」みたいに、「~しなきゃ」と考えている時点で「無理」をしている。

 

 

そう。ほんま。

「しなきゃ」と考えてる時点で無理してるんだ(大事だから二回言います)

 

 

許そうとか思わなくても、感情が成仏出来たらそもそも「イラっと」さえしない。

 

 

だからどうしたらいいのかというと、

イラっとしたら、それを「そんなこと思ったらあかんな」とか、「許さなきゃ」とか、思うんじゃなくて、

「あ、まだ私、怒ってるんやなー」

って認めることだ。

 

それを、私にみたいに誰か(母とか)に話すもよしだ。

愚痴ばっかり言うのはもちろんよくないけど、「今だけ!」と時間制限を決めて発散させるのは大事だ。それに執着するのがあかんだけで、発散はしていいと私は思っている。

 

自分の気持ちに嘘をついてはいけない。無いものにしてはいけない。

表と裏、両方の自分がいて「自分」だ。

 

 

これもまた、真面目な人ほど、「悪口は言ってはいけない」「愚痴はだめ」「マイナス思考はあかん」と思いがち。

でも、なんでも、使いかた、やり方、考え方で「いい感じ」「いい塩梅」「バランス」「グラデーション」が大事なんです。

 

 

絶対にあかんもなければ、絶対に良いもない。

 

 

という事で、私はまだまだ「怒っている私」もいるみたいです(笑)

 

それも事実だから。

 

つらい経験に感謝してる自分。

苦労したことに感謝してる自分。

裏切りに怒っている自分。

反省してほしいと思っている自分。

許せないと思っている自分。

許せたのかもな、と思っている自分。

  

 

いろんな自分がそれぞれの濃淡をもって共存している。

それが今の私だ。そしてそれでいい。

 

 

父は変わらないし、この先、過去の事を思い出してめっちゃ反省してくることもないと思う。

こちらが相手を操作することは不可能だ。

だからそういうもんだ、と思っている。

 

でも、だからと言って、私も無理やり、我慢しないよ。

怒っている自分も、許せないと思っている自分も、愛しい自分だ。

 

 

それでいいんだ。

そのうちこんな内容の記事を書かなくなったら「未解決の感情が自然成仏」したということかなー。

 

 

この世のすべては諸行無常。

少しづつ変わっていく。曖昧なもの。

はっきりさせなくてもいい。

なるようになるさ~

 

ゆるんでいきましょう。

あなたもきっと色々あると思いマス。

 

怒っていること、許せないこと、いろいろと。

でも、それでいいんです。だいじょうぶ。

 

はい、深呼吸しましょう~

ふう。

 

表と裏があって「そのもの」ですからね。

みんな。

光があるから、闇がわかる。

闇があるから、光がわかる。 

 

そのまんまで大丈夫ですよ~。

 

今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました!この後も素敵な時間をお過ごしください。ではまた~

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