理想への執着に気づいた瞬間ちょっと楽になった話(子育て)

がんばりすぎた日々の話 (過去の体験 ・親・家族・夫婦 ・子育ての中の自分)
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今日は、自分的には盲点だった部分に気づいたら楽になったよという話デス。

 

冬休みが終わり、学校が始まった。

家の中に静寂な時間が増える。

子どもを産んでから気づく。

「静寂」ってこんなにありがたいものだったんだな、ということに(笑)

 

 

こんなに自分が「静かな環境が好き」だなんて思ってなかった。

でも、自分と向き合ってわかったことは、私はこうして静かに自分に潜る時間が必要だという事だ。

 

もうこれって、なんというか「必須時間」として自分で設定しないといけない。

たかがちょっとだけの「一人時間」でも違うんだよな~

 

あるのと、ないのと、全然違うよな、と思う。

 

休憩時間とかもそうだけど、「あえてとろう」とは思いにくいんだよね。

なんか、位置づけ的には「時間があいたらとろうかな」くらいに思ってしまってる。(あなたはどうですか?) 

 

これがよくない。

休憩時間も一人時間も、歯磨きと同じくらい重要なのだ!(歯磨きて)

 

まぁでも、これが「子ども」がいるとムズカシイよね。

誰かに預けてとか、そういう行政のシステムに頼ってとか、そういったことがサクッとできる人ならいいかもしれないけど、それでも毎日は難しい。

お金だってかかるし、親に預けるとかにしても気を遣うし。

 

だから、ついつい「我慢」してしまうんだよなーーー。

 

じゃあ、「我慢」しなくてもいいように、「自分の考え方をかえたらいいやん!」というのも一つ。

…なんだけど、これがまた難しいw

 

頭では「ポジティブ!子どもとの時間に感謝!」と考えようとしても、心の奥では「一人の時間」が欲しいとおもってるんやもん。

もちろん、子どもとの時間はありがたいし幸せなものだ。

 

 

だ!け!ど!

幸せな時間だからと言って「一人時間」がいらないわけではない。

 

その欲求がなくならないわけではない。

 

だから、そもそも別物なんだよね。

 

どっちも大事なんだよ、本当に。

子どもとの時間も、一人の時間も。

 

 

で。

とりあえず、子どもの冬休みの時期、今回はどうやってストレスをためずに行こうかなと作戦を考えていたのです。

 

まず一つ目は、とにかく「諦める!」ことにしてた(笑)

結局、精神論かーーーい!ってかんじやけど、私は、そうしてみた。なんというか、自分に言い聞かせておくことである程度の「心積もり」ができる。

心積もりがないと、やっぱりストレスの感じ方が違う。

思い通りに時間が進まないとイライラするし、一日中うるさい部屋(笑)にいるんだからストレスは蓄積していく。

 

でも、最初に、「よし!冬休みはじまるで!しばらくはいつも通りにはできないよ!」と言い聞かせておくとある意味、いろんな自分の欲求を手放すことがすんなりできる。

 

これである程度、やり過ごせる。

そう。なんとか、乗り切ることもできる。

  

でも、しかし!!!!(笑)

 

やっぱり、後半はちょっと、イライラの湯沸かし器が簡単に沸騰してしまう事が起きる。

そりゃそうだよね。結局「我慢」してるんだから(汗) 

 

だから、自分でも、イライラする自分があかんなと思いつつ、自分を責めないようにしている。

しょうがないよ、本当に。(と、わたしはおもってますよ) 

 

 

そんなこんなで、冬休みが終わろうとしていた時、また長男とケンカみたいな?w事が起きようとしていた。

何を言っても言い返してくる長男にすんごくイライラしていた(笑)

 

こんな時、いろんな事を考える。

 

私の「こうあるべき」を押し付けていないか?

本当にそれは必要なことか?

長男を心配しているのではなく、実はその奥に自分の「恐れ」が隠れていないか?

私のこのイライラの奥にある本当の気持ちはなんだ?

私はどうしたい?

 

 

こんなことをめっちゃ考える。

感情が揺れる時は、必ず心の奥に「何か」があるから。だから、私の何がまだ「未解決」なのかを見つめる様にしている。

 

それで、「あぁ、私は、まだこんな思い込みを持ってたんやな」とか気づいて、その気持ちがおさまるまでずっと見つめたりしてるんだけど。

 

でも。

でも。

 

この前思った。

いろんな「視点」がある中で、これもあったな!って。

 

長男とのケンカになる原因は、自分の心の奥にある「何か(思い込みとか、べき思考とか)」だと思っていたし、それは本当にそうなんだけど、

それに「執着しすぎていた自分」がいることに気づいて。

 

なんというか、

「自分の心の奥に原因があるんだ」ってそればっかりに囚われているのもよくないのでは?!って思ったんですよ。

 

結局「自分を変えなきゃ」という気持ちが根底にある

 

そのままの自分を認める、受け入れるって言いながら、真逆の事を無意識に自分でしてしまっている。

 

確かに、自分の「思い込み」とか「偏った価値観」に気づくことは大切だし、それに気づくことで「書き換える」こともできるから、

自分を見つめる事は大切なんだけど。

 

 

でも、

それは「そのままの自分でOK」という気持ちが根底にあるのか、

「自分に原因があるから変えなくては」という気持ちが根底にあるのかで、

なんか同じ「行動」をしていても違うねと思った。

 

私は完全に「そこに執着していたのかも」っておもった。(何事もグラデーションですね)

 

なにかあると、すぐに「自分の心の奥を見なくては!!」と必死になってたっていうか。

 

マジメな人ほど、こういう事って起きやすい気がします。(あなたはどうですか?) 

 

真面目に真剣に一生懸命。

本当に、純粋にしているからこそ陥りやすいこの感じ。

 

 

いやーーー。気をつけなきゃですよ。本当に。

 

 

ほんで、今回それにハッと気づいて、言い合いになっていた長男におもわず言った。

 

「君の言っていることもそれでいい!君は君のままでいい!そして、ママの言っていることもこれでいい!!ママもママのままでいいんや!

 

別に、これが正解とも思ってないよ(笑)でも、これを言い切った時、なんか私のなかでスッキリした気持ちがでてきた。

「そうや!そうやんか!」って。

 

あまりにも、自分が変わらなきゃ、自分の思い込みを書き換えなきゃ、子どもに押し付けちゃいけない、子どもを理解しなきゃいけない!!!!って思いすぎてたんだと思う。

 

自分を認める作業が一番に来なきゃいけないのに、そこを無視していた。

 

「私はこう思う!」を思っていてもいいのに、「押し付けちゃいけない」が強すぎて、私はこう思う!自分を否定していたんだな。 

そう思ったらあかん!って、どっかで思ってたんだな。 

 

ほんで、長男とぶつかるたびに、「私の何かの思い込みがあるからイラついてしまうんや」という気持ちになってたし、

そして、なんというか、「子どもの事をちゃんと理解しなきゃ!」が強すぎて、そこから「親子は気持ちが通じ合ってないとあかん」という執着に繋がってたのかもって思って。

 

でも、さっきの「お互いの気持ちは間違ってないしそのままでいい!お互い変わらなくていい!」といってから、

「そうか、絶対にわかり合わなあかんわけじゃないんや!極端に、相性が悪いんやな!って割り切って思ったっていいんや!」って思ったのデス(笑)

 

極端なこと言ってるかもやけど、妙に心が軽くなったのは事実だ(笑)

 

まぁこれも一種の考え方の転換になるのかな。

 

「親子は仲良くないといけない」

「親は子どもを理解しないといけない」

「ちゃんとしたお母さんじゃないといけない」

 

普段から、「執着を手放して~」とか思っているのに、まだこんな「思い込みに執着している自分」がいたんだ。なんというか、気をつけてたのに、それらをかいくぐって私の心の奥に居座っていたらしい。

 

ふぅ~。(はい、あなたも深呼吸して~)

 

 

じゃあなんでこうなったのかなって思った時に、すぐに思った。

 

自分が親にしてほしかった事を子どもにしてあげたい!という執念みたいなものがそうさせてたんだなって。

小さいころに「親子関係」で苦労した人は、「良好な親子関係」に理想を抱き、そこに執着しやすい。

私がそうだった。

 

苦労すれば苦労するほど、反面教師で、「自分は絶対にこうする」という気持ちが芽生える。

 

私は親に本心が言えなかった。

そもそも言える状況じゃなかった。ギャンブル依存症の父の借金で母も疲弊していたし、母は母で精神不安定で私がしっかりしなきゃと嫌でも思わされる状況だったし。

 

だからこそ、私は、そういった種類の苦労がない人に比べて「理想の家族」「理想のお母さん」「理想の親子関係」に執着があるんだ。しかも、それは自分でも気づきにくい、心の奥に、潜在意識に刷り込まれている感じだと思った。

 

書き換えるところはここなんだな~って思った。

 

極端な話、

「家族全員が仲良し」じゃなくてもいい。

「ちゃんとしてないお母さん」でもいい。

「相性が悪い家族」がいてもいい。

 

それで、人生が終わるわけでもないし。

 

むしろ、そういった事を経験する人生がテーマやったのかもしれないしね。魂的に。

 

知らずに、基本設定になってしまってたから気づけなかったけど、これに気づけたという事は、少しづつまた変化していけるという事だ。

 

 

 

ついつい頑張りすぎてしまう人。

真面目にやっているのになんかしんどい人。

いつも一生懸命な人。

 

そう、あなたももしかしたら、そういった思い込みが「基本設定」になってしまってるかもデス。

 

 

もっと自由に、ゆるんで大丈夫です。

私も「相性悪いんやわ!ってか、ちゃんとしたお母さんじゃなくていいし!」と今は開き直ってますから(笑)

 

 

でも、それで不思議と心が軽くて、心地いい感じ。

この「心地よさ」を侮るなかれだ。

 

 

ダイジョブです。

そのままでいいので。

 

理想のお母さんってなんか何でも包み込んでくれるような優しい人を私はイメージしてしまうんだけど、それに「なろう!」てやってしまうと、またその「理想のお母さん像」に執着してしまう。

 

できるだけ、ゆるんで、心地よくしてたら、

きづいたら「そうなってた」ってなれたらいいな~

 

でも、本当に、

絶対にこうじゃないとダメ!はないから、本当に深呼吸してゆるくいきましょう~

私もゆるめるように、頑張ります!って言ってしまいそうやけど(笑)これが真面目な人の落とし穴!w

頑張らなくていいんだ。

ゆるんでいきます~。一緒に心地よくいきましょう~

 

 

今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました!この後も素敵な時間をお過ごしください。ではまた~

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