意識的に「思い出す」のか自然と「思い出される」のかの違い(過去のトラウマ)

心をほどく言葉(気づき・違和感・感情の整理・生き方の視点)
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今日は「記憶」のお話を。

 

最近、ふとした時に、昔の記憶が「思い出された」。

 

きっかけはわかっている。

多分、潜在意識の本だ。そこには「潜在意識の書き換え」みたいなことが書かれていた。

 

本を読んでいたその時は、今回「思い出された」ことについて一切考えてなかった。でも、そのあと、ふと、「思い出された」。

 

 

「思い出した」んじゃない。

「思い出された」んだ。

 

昔の嫌な記憶。

トラウマの記憶。 

思い出すと悲しい気持ちになる記憶。

 

 

みんな色々あるよね。

私もあるよ。でも、いつのまにか「思い出さないように」してたのかな。自分の心の奥の箱にしまい込んじゃったかのように思い出すことはなかった。

 

「過去の嫌な記憶をぐるぐる考える事はよくない」って精神科医の樺沢紫苑先生はいってた。

何度も思い出して、人に話したり、考えたり、とにかく記憶をその都度引っ張り出すことによって、脳の中では「あ、この記憶は何度も引っ張り出しているから大事な記憶なんですね」って、短期記憶のほから長期記憶のお部屋に記憶を移動させる。

脳の中ではそんなことが起こっているみたいだ。

  

 

だから、「思い出す」たびに、「忘れたい記憶」はどんどん「忘れられない記憶」になっていく。 

 

そんな「脳の仕組み」は知識としてしっていた。

おとなになって、知識を得てからは、あえて、嫌な記憶は思い出さないようにしていた。

具体的には、人に過去の話をしたりして、思い出す事はしないようにしたりとか。

 

でも、インナーチャイルドとかを癒す事をしたいときには、過去の記憶を思い出す必要がある。

そういった時には、思い出すことはしてたけど。(あとは自分と向き合ったり、過去の記憶とも向き合うときも)

 

 

でも、「記憶」とか「思い出」とか言っておきながらなんですが、

私、昔(小さい時)のことを聞かれると、あんまり覚えてないことの方が多くて。

 

 

その点、夫は、昔の小さい時のこととかも、事細かに覚えてたりするからびっくりする。

夫が記憶力がよすぎるのか、私が記憶力が悪すぎるのか(笑)

 

昔、ヒプノセラピーかなんかをしてもらった時、過去の記憶と向き合おうとしたことがある。

「過去になにがあったのか見ていきましょう」となってやってみたとき、

全然思い出せなくて、自分にショックだったことを今思い出した。

その時、セラピストの人には、「思い出したくなくて無意識に蓋をしている記憶もある。今思い出せなくても大丈夫、また思い出せる時がくる」みたいな事を言われた。

 

 

確かに、自分でも過去にいろいろあったような気はしている。実際大変だったから。

 

でも、細かくは思い出せない。

 

思い出せないのか、思い出したくないのか。潜在意識では後者ほうなのかもなー。

 

 

あなたはどう?

思い出せますか?

どうしても、思い出せないのなら、それはタイミングが「今」じゃないのかもデス。

焦らなくてもダイジョブ。

私も焦ってないよ(笑) 

 

で、そんな事を前置きにしつつ、本題に入るよ(笑)

 

 

冒頭でも言った通り、この前ふと、過去の記憶が思い出されたのだ。

 

 

小学校の頃のわたし。

部屋で必死になって自分のお年玉、貯金通帳を探しているわたし。

半泣きになりながら探しても見つからない。

「隠してたのに!こんどこそは大丈夫って思ってたのに!ない!ない!ない!!!!」 

 

犯人はわかっている。

そう、父だ。

ギャンブル依存症だった父。パチンコに使ったんだろう。

 

無くなったことを仕事から帰ってきた母に告げる。

母は父に問いただす。

父は「知らない」と言い張る。

喧嘩が始まる。喧嘩が終わるまで弟と私は各自の部屋で静かに耳を澄ませながら喧嘩が終わるのをまつ。

 

こんな光景。

何度も見てきた。だから「次こそは見つからない場所に」って隠したのに。

 

「お父さんはなんで私のお金をとるの?」

「私は悲しいのになんでそんな事を何度もするの?」

「私のこと、大切だと思ってないの?」

 

胸が痛かった。チクチクした。涙が出た。止まらなかった。

 

 

そんな過去の記憶が急に思い出されたのだ。

 

 

私、よく耐えてたよ。ほんま。

まぁ、そうするしかなかったもんなー。

 

 

思い出されたとき、一瞬悲しい気持ちにはなったんだけど、その悲しみと同化していない私がいることに気づいた。

 

瞬間的に「これは悪いニュアンスで思い出されたんじゃないな」と感じた。

もっと、わかりやすく言うと、

「向き合えるタイミングが来た」から、閉じ込めていた記憶の箱から出てきたのかな~となんとなく感じたのだ。

 

そして、今回、これを私は、自分の体験としてとどめておかずに「父に伝える」ことをした。

今までだったら、考えられない。

悲しくても、つらくても、自分のなかで処理していた。 

 

 

言ってもどうなるわけでもないし、言っても無駄だと思っていたし、今更言っても、そして、今の父に言っても父が落ち込む事がわかるから。(今の父は病気で死にかけてから性格が変わってしまったから)

 

でも、今回初めて、父に伝えようと思ったからそうしたのだ。

 

 

もちろん、そんな真剣なトーンでは言ってないけど(笑)

冗談話の延長で、やんわり伝えた。それでも私のなかでは信じられないくらいの行動だ。

 

「昔、お年玉や通帳が無くなっててすごく辛かった事をこの前ふと思い出したんだよね。まぁお父さんは覚えてるかはわからんけどね!」

 

 

冗談話の延長で、暗いトーンでもなかったから、父も「それは悪かった」みたいな事をサラッとだけ言ってた。あんまり反省してないな、響いてないな、とは思ったけど(笑)

でも、それでもいい。

 

言えたことがすごいことだ。

 

これには二つの要素があるなと、あとで自分で振り返ってみた。

 

一つは、自分がある程度、整ってきているから、過去の嫌な記憶を思い出してもちゃんと向き合えるようになったこと。冷静に対処できるということ。

もう一つは、父も、昔の父とは違うから「伝えても受け止めてくれる」」と私が感じているということ。 

 

まぁでも「受け止めて」はいないかな(笑)

どちらかというと「受け流してる」かも(笑)

だって、反省がそこまで感じれないからw

特に昔の父は精神的にも未熟で、悪いことをしているという気持ちすらなかったのかもしれない。だから「申し訳なかった、迷惑をかけた」という意識自体が薄いんだろうな。

 

ハッキリ言って心の器が育ってない人には、何を言っても「深く」は理解できないだろうし。

それぞれ、成長や学びのスピードは違う。

こっちが「伝えたいこと」をいっても、本当に深く伝わるのかどうかはわからない。

その人の魂が成長や学びのタイミングを決めてるから。

(なんなら今世では学べない魂とかもあるんだろうな、と思ったりしている。スピっぽいけどね)

 

 

だから、昔の父に対しても、今の父に対しても「求めること」はしない。

悪い意味ではなく。

 

逆に求めすぎたら、今度は私のエゴを押し付けることになっちゃうから。 

 

 

そんなこんなで、今回私が父に話せたことは自分のなかで大きな意味をもつな、と私は思う。

その記憶に対して、執着していないから、できたのかなーって。

もう大切にする必要がなくなったから、箱から出てきて、思い出されて、バイバイできたのかなって。

 

まぁ知らんけど(笑)

知らんけど、なんとなくそう思った、というお話でございます。

 

 

本当に嫌な記憶とかって、喋りたくもないから。

だから、私の口から発することができて、なんかもうそれだけでいい気がしている。

 

 

もちろんまだまだ、私の過去の記憶の箱にはたくさんの「思い出」が入っていると思う。

一気に思い出せなくても、こうやって「小出し」で思い出されていくのかもしれないな、と今回のことでそんな視点も増えた。

 

 

「思い出す」のではなく、勝手に「思い出される」

 

これは意外と、自分の中で「深くて前向きな変化」が起こっている合図かもしれませんね!

(何でもいい風に考えとこう) 

 

 

小さい時から「我慢」することが普通だったあなた。

自分を押し殺して周りに気を遣っていたあなた。

「私なんか」が口癖だったあなた。

 

 

無理に思い出さなくても大丈夫。

タイミングがきたら勝手に思い出される時がくるかもです。

単に「思い出された」記憶も、そういう視点でみてみると、ちょっとだけ、心が軽くなるかもです。

 

 

記憶を閉じ込めることであなたを守ってくれていた潜在意識。

思い出せないことは悪いことではない。

ちゃんと「私を守ろう」と頑張ってくれていた、もう一人の自分(潜在意識)がいたんだなっておもうと「ありがとう~」って言いたくなるね。 

 

 

みんなすごいよ。本当に。

それぞれが自分自身に感謝だ!(笑)

 

 

今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました!この後も素敵な時間をお過ごしください。ではまた~

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