心の声の前に体の声を聞いてみる。直感力を育むには体を見つめること?!

スピリチュアル
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この前指を包丁で切ってしまった。

痛い。

めっちゃ痛い。

 

出てくる血を見ながら、その部分が痛むのと、体の奥で、心臓とか、おしりらへんとかがキューーーンってなる感覚も同時に感じていた。

 

息子がやってきて私の傷口を見て言った。

「ママ!大丈夫!?なんか見てるだけでここらへん(胸のあたり)が変な感じがしてくる!!!」

 

このやりとりの後、私は「人間ってやっぱりおもしろいな」と思っていた。

 

自分が怪我をしたわけでもないのに、私の傷口から出る血をみて息子の体の一部が反応している。

多分「心臓がざわざわする」とか、私みたいに「おしりらへんがキューンってする」とか、そんな感覚がやってきている。

 

感じる「痛み」とは別で、体が反応しているってのが面白い。

なんていうか、体の「臓器」が反応しているみたいな。なんか改めて考えるとすごく不思議。その場所だけ痛みを感じてるわけではないんだもの。

 

 

体の反応。

それは、自分のなかでその感覚を知っているから、特に「血」とか自分の生死に直結しそうなものだと体の反応は瞬間的にやってくる。

 

知っている。

私たちは「すでに知っている」から、五感を通して受ける刺激に対して、何らかしらの反応を起こす。

 

 

息子も沢山怪我をしてきているから、その痛みを連想したのかな。

 

それにしても、痛い。痛いよ。

左手の中指の先。

柿を切ろうとして、でも、切れ味が悪くなっている包丁を使ったから、柿の皮の表面を滑ってそのまま指先を切ってしまった。ううう。

 

でも、自分でもなんか「なんでこんなミスしたんやろ」っていう感覚だった。

なんというか、これはもう、怪我をするべくしてしたみたいな。そんな感覚があった。知らんけど。(知らんのかい)

 

なんかこういう時って、こう、なんていうか、妙にその結果がひっかかる時って、なにかしらの「サイン」なのかなって思う事がある。(知らんけど)

 

そのサインが何なのかはわからない。

 

「気を引き締めなさいよ」なのかもしれないし、

「体をもっと大切にしなさいよ」かもしれない。

 

「今幸せなことに気がつきなさいよ」かもしれない。

 

何かはわからないけど、なんとなくそういう「お知らせ」やったんかなーと、痛みを感じながらしみじみと思った。

 

 

たかが指先。されど指先。

 

私は「手」を使う仕事なので、結構ダメージがあるのだ。

 

家事でも「手」は使うしね。

そして、大好きな藤井風さんのピアノの練習だって「手」を使う。(痛かったけど、練習したくてやったら、傷口が開いたのかまた血が出るっていう(笑))

 

思わず「いつもありがとうね」と手に向かって言ってしまった。

 

ありがたいですね。何事も。

人間「ある」ものにはなかなか感謝を忘れてしまうものだ。

「ある」ものって自分と同化しているから気づけない。だって「当たり前」のように「私と共にいてくれる」んだもの。

 

 

そうそう、ちょっと前に、

「瞑想」の事を調べていて、瞑想で自分の体の一か所の感覚を順番にひたすら感じていくという方法があるのを知って。

そういうのをやっていくと、自分の事をいつの間にか、めっちゃ客観的に見れるようになっていくらしい。(いろいろ端折って言ってますが…)

 

すると、一緒になっていた「痛み」さえも、客観的に「見る」ことができるようになるらしい。

(瞑想で足がしびれて痛みとして感じていたものが、ただそこに「痛みがある」と思えるようになったみたいな事が書いてあった)

 

これはもしかして、私がそういった知識に触れたから、そういった「お試し」的な出来事が起こったのでは!?と思って、そのあとすぐに、めっちゃ客観的に自分を見つめるようにしてみた。

 

ジンジンする指先。

私と一体化している「痛み」

「痛み」は私の物ではなく、ただそこに「あるもの」として感じる。

 

………。

 

痛い。

 

 

いや、痛いよ(笑)

私のレベルではまだ無理なんやな。

そう思った(笑)

 

でも。

ちょっとだけ、痛みがマシになるというか、気にならなくなる感じは少ししたかな。

 

そんなことを考えてたら、私のこの体は「借り物」なんだから、その体が痛みを感じているわけで、私が痛いわけではないんだもんなーーーー、と思った。

わたしの体はチームだ。

 

臓器にも「感情」があるっていうし、(これは潜在意識の専門家、藤堂ヒロミさんが言っていた)

そう言う事を考えたら、私は「生かしてもらっているんだな」としみじみ思う。

 

私が生きているんじゃなくて、生かしてもらっている。

 

最近、体のなかに意識を向ける事にはまっていて、

出来事に対して反応があった時に、「嬉しい」とか「悲しい」という気持ちにはなるんだけど、そこで終わらずに、その時に自分の体、つまり臓器とかがどういった反応をしているかってことに意識を向けるようにしているのだ。

 

すると、さっき言ったような、心臓がぞわぞわとか、おしりがキューンとか、そういった「感じ」があったりする。

この体の反応って実はすごく大事なんだろうなとおもっています。

 

これがいわゆる「直感」的なニュアンスに近いような気がしていて。

 

感情は思考に近いと思うけど、体の反応はそれよりももっと、瞬間的なものというか、自分の顕在意識ではないところで察知しているもののような気がしていて。

 

感情とかの方が自分的にはわかりやすいし、インパクトがあるからそっちの方に気をとられてしまうけど、もっと体に意識をむけると、そういったサインが必ず出ている気がしていて。

 

もっと直感力を鍛えたい私にとって、これもまた大事な感覚なんだろうなと思うので、とりあえず、やってみようと思いマス!

人体実験。何事も自分でやってみて感じてみないとわからないですもんね。

 

でも、ほんまに、昔から、「腹落ちする」とか「はらわたが煮えくり返る」とか、「五臓六腑にしみわたる」とか体に例える言葉っていっぱいある。

昔の人はもっと体のなかに意識がむいていたのかな。

 

特に、「お腹」ってやっぱり大事なんでしょうね。

「丹田に力を入れる」とかもいったりするし。

 

この前、考え事をしていたら、ふと、昔のイヤな記憶を思い出してしまって(笑)

その時に、すぐに、違う事を考えようとしたんだけど「あ!そうか!今ここで体の中を感じてみよう」と思って体の臓器に意識をむけてみた。すると、心臓あたりが「きゅうっ」となっているのに気付いた。

 

その時、私はただ、その「きゅうっ」となった心臓に意識を向けて見守った。ごまかそうとせず、隠そうとせず、ただただ見つめた。

すると、いつの間にか、きゅうっとなっていた感覚が薄れていってなくなった。

 

「これでいいんだ」と思った。

 

一瞬、不快感がやってくる気がするから、どこかにやってしまいたい気持ちになるけど、そんな事をしたら、またどこかで、違う形になって、その「臓器の叫び」がでてくる。

自分でちゃんとその感覚に寄り添って、見つめてあげないといけないんだなーと改めて思った。

 

頭の声じゃなくて、心の声じゃなくて、体の声。

その感覚をもっと、研ぎ澄ましたいなーーー。

 

やっぱり、瞑想か。

とりあえず続けてみようと思いマス。

面白いことがあったらまた書きます!

 

とにかく、

体に感謝感です~!

 

今日も最後までお読みいただき本当にありがとうございました!この後も素敵な時間をお過ごしください。ではまた~

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